「お兄ちゃん? 私の大好きなチャスカお兄ちゃん。お願い。返して。私の夜を返して…」
「それはできぬ相談だ。私に夜を差し出した女のおまえは、どの星よりも早く黄昏の空に輝き、天の星々の中で、最も明るい羽を持つ神ウィルカ(ケチュア語で『聖なるもの』=女神の意味)となった。おまえは、その代償に夜眠ることを失ったのだ。おまえも私も、あの忌まわしい太陽のあとを追って輝くしかない。この星の内側に産まれた自身の境遇を呪うがいい」
「お兄ちゃん。私は知っているわ。あなたは私で、私はあなただということを。昔、タワンティン・スーユ(ケチュア語で『四つの州』の意味=インカ帝国)に住まうケチュア族たちは、太陽が昇る前の東の空で一番強く輝くあなたを、明けの明星チャスカと呼んだ。でも、夕方西の空に輝く私には名前をくれなかった。なぜなら、そのどちらも同じ星…金星だということを知っていたからよ。ある時代には、私たちはイシュタルやアスタルテと呼ばれ、また別の時代、別の人たちからは、アシュタルトともアフロディテとも呼ばれた。そして今は、ルシフェルと呼ばれている。神に背いた堕天使、悪魔として。お兄ちゃん。…いえ、もう一人の私。あなたは、なにを企んでいるの?」
「わが愛する半身、妹のウィルカよ。インティ(太陽)とママ・キリャ(月)が結婚して、天空でひとつに重なるとき、コイユル(星)が産まれる。夜の住人の我々が昼の世界に輝くことができるそのときこそ、太陽に代わって金星が王に選ばれるのだ。おまえと私がひとつになり、自らを神と呼ぶあの者たちを打ち倒し、ともに永遠の夜を手に入れようではないか」
「月が太陽を隠しても、太陽はまた現われる。私たちは、太陽の光がなければ自分で光ることもできない。私は、神でも悪魔でもない。アストルティアというこの世界で生まれた、ウィルカという名の、ただの女よ。もう終わりにしましょう。お兄ちゃん。私は、ただ少し眠りたいだけ…」
…それから、チャスカは朝に昇って昼の間に眠り、ウィルカは夕方に沈んで夜の間に眠り、チャスカとウィルカの二人は再び眠りに就くことができたのでした。
(おしまい)
※本文と写真はあまり関係ありません。神話をもとにした妄想(創作)です。実際の神話とはたぶん関係ありません。