今は昔。
私がまだ、5~6歳の幼な子だったころのお話。
母からもらった50円玉を意気揚々と握りしめて、幼い私は、家から少し離れたところにある商店街に独りで歩いてゆきました。
その当時は現在と違って、年端もゆかない子供が独りでどこかに出かけたり遊びに行ったりすることも、ごく当たり前に見られた光景でした。
どこの家も玄関の鍵は開けっぱなしで、夕方暗くなる前に家に帰れば何も言われない、そんなのどかで、ゆったりとした時代でした。
商店街についた私は、いつもなら真っ先に「おもちゃ屋さん」に向かいました。
その店は「駄菓子屋」も兼ねていました。
TVアニメのロボットや可愛いぬいぐるみ、ボードゲームなどに混じって、色とりどりのお菓子やカプセルトイに囲まれたその空間は、子供の私にとっては夢の国のような場所でした。
その店で買った「おばけのカード」で不思議な体験をするのですが、それはまた別の機会にお話しさせていただきましょう。

…その日の私は、いつもの「おもちゃ屋さん」ではなく、同じ商店街の少し離れたところにあった「お花屋さん」に向かいました。
「おばちゃん、これちょうだい」
私は目の前にあった赤い花の花束を指差して、手のひらの中の50円玉を店主らしき女性に見せました。
「ああごめんね。その花は50円じゃ足りないの」
おばちゃんと呼ばれた、恐らくはまだ30代くらいだった女性が私に言いました。
「ええ。そうなんだ…」
がっかりしている私を不憫に思ったのか、赤い花束に添えられていた数本の花を、花屋の女性はにこりと笑って手渡してくれました。
それは、細い茎に小さな白い花をたくさん咲かせた、素朴な可愛らしい花でした。

「お母さん、これ」
それから家に帰った私は、夕食の支度をしていた母にその花束を渡しました。
「カーネーションじゃないけど」
今にも泣きそうになっている私を、母は小さな花束といっしょに、優しく抱きしめてくれました。
母が教えてくれた、その花の名前は「カスミソウ」。花言葉は、「清らかな心」「無邪気」「幸福」。
生花をしていた母は、私のカスミソウも他の花といっしょにきれいに玄関に飾って、枯れるまで大切にしてくれました。

…「赤いカーネーションじゃなくてごめんね」
母の日。
大人になった私は、若くして亡くなった母の墓前に白いカーネーションを供えました。
あの日、母に贈った「カスミソウ」の小さな花といっしょに。