母の四十九日が過ぎた、ある夜のこと。
私は、「夢」を見ました。
…満開の桜の花が春風に散り乱れる陽光の中。
若い父と母が、桜の木の下に少し離れて並んで立っていました。
「ほらほら、お父さん、お母さん。二人とももっとくっ付いて」
二人の「娘」になっていた夢の中の私は、母の形見の薄黄色のブラウスを着て、父が愛用していた古いカメラのファインダーを覗いていました。
娘の私の言葉に、二人は少し恥ずかしそうに肩を寄せ合うと、手を繋ぎ微笑を浮かべて、カメラの私を優しく見つめました。
「お母さん。ユキヤナギって、黄色かったんやね…」
私は言って、カメラのシャッターを切りました。

それから十年後。
実家を離れて、競走馬育成騎乗員として遠く北海道の地で働いていた私は、「父危篤」の知らせを受けて、すぐさま帰郷しました。
「…ウィルカ。ひと足遅かったわ。お父ちゃん、お前が来るのをずっと待っとったぞ」
父の従兄にあたる伯父が、飛行機と電車を乗り継いでようやく地元に帰ってきた私に言いました。
父は、私が病室にたどり着く僅か一時間ほど前に、息を引き取っていました。
うっすらと笑みを浮かべたように見える父の頬には、涙を流した跡がありました。
『いや。お父さんが会いたかったのは私じゃない。一番会いたかったお母さんに、今やっと会うことができたんだ』
私が見た、あの「夢」の中で。

さらに時は過ぎゆき。
天気のいい休日にも何もやる気がなく、お気に入りの音楽を聴きながら寝床の中でスマホを見ていた私は、某通販サイトに売られていた一台のカメラに目が留まりました。
それは、父が愛用していた、あの「古いカメラ」
でした。
写真を撮るのが好きだった父は、五人家族だった私たちの姿を愛用のカメラで切り取って、大切にアルバムに残していました。
私が生まれ、弟が生まれ、妹が生まれ、私たち家族が生きた証は、写真の中のたくさんの笑顔といっしょに、いつもそのカメラと共にありました。
カメラと写真の知識を父から譲り受けた私は、中学生のときから趣味としてずっと写真を撮り続けてきました。
けれども、デジタルカメラが登場してスマホが普及し始めると、フィルムを装填して撮影する昔ながらのアナログカメラはすっかり廃れてしまい、父から譲り受けた大切なカメラも手放してしまった私は、趣味だった写真も辞めてしまったのです。

…ネットで見つけて購入したそのカメラは、父が使っていた日本製の35mmレンジファインダーカメラとまったく同じ製品でした。
何十年も前に生まれたはずのカメラには、ほとんど傷らしいものもなく、大切に扱われてきたことが一目でわかりました。
私の知らない光景を何百枚もフィルムに焼き付けてきたに違いない、お父さんのカメラ。
このカメラの持ち主だった人も、ファインダーを通して、大切な誰かの笑顔を見ていたのかもしれない。
いつの日か。
黄色いユキヤナギが咲く、あの桜の木の下で。
お父さん。お母さん。
ウィルカ