オレの名前は只野鹿羽男。
頭が割れそうな名前以外は、
これといって特筆するべき事もない、
どこにでもいる男だ。
代わり映えしない日々。
普段どおりの昼下がりに、見慣れた曲がり角。
お決まりの――というより一種類しかない――コーディネイト。
そんないつもの帰り道。
何も生まず、何も構わず、
関わらず、欲っさず、
誰からも求められず、
誰も求めず。
そんなお世辞にも『生きてる』とは言えない日々は、
とある地方都市の、
とある街の片隅の、
とある名も無きT字路で、
右から左に受け流すように吹っ飛んで来たトラックのバンパーの
鈍い効果音を添えて、終わった。
出落ちかよ……!!
薄れゆく意識の中で、自分へのツッコミを最期の置き土産に、
オレは急速に収縮していく暗闇の最奥、
薄ぼんやりと煌く一点の光へと、飛ぶ。
大したことない人生は、他愛なく終わったけど、
不思議と怖くも辛くもなかった。
ただ後ろめたい解放感だけが全身をひんやりと包み、
オレは暖かな帳に溶けていった――
ぱーらららー!ぱーーーらーーーーらーーー!!
突如頭の中だか、脳だか、意識だかに、
どこか聞き覚えのある、
『教会風ファンファーレ』がけたたましく響き渡る。
見渡す限り360度一面を、
見たことのない淡色の草花が埋めつくす。
絵の具が滲むように拡がる緑、
霞むような青空、
眩むように射し込むエンジェルラダーと共に、
一人の美しい女性が舞い降りた。
いや……天女か、女神か、
得体の知れない美女が、
薄絹をはためかせ、両手を大きく開く。
「おお○○よ、しんでしまうとはなさけない」
……はい??
「え??誰??」
「……ごにょごにょ、よ!しんでしまうとは――」
「いやいやいやいや!その、ごにょっとしたとこ、
そこんとこを、
もう一度!
ハッキリ!!
渇舌良くおなしゃす!!!」
「んむにゅ……よ」
小さく咳払いをして顔を背けると、
微妙なアルカイックスマイルをたたえながら言い直した。
「しんでしまうとはなさけない」
諦めやがったよ……
名前が読めないとか、DQNネームだとか、
やーい!お前の母ちゃん厨二病だとか、
教師ですら最後まで苗字一本で貫かれて来たが、
完全にスルーした奴は初めてだわ。
てか、リアルで聞くとさすがに萎えるな、
この台詞……
「……で、アンタ誰?」
「私は……精霊ルビス。かの地を創造りしもの」
自己紹介はすんのな。
別にいーけどさ。
「その精霊さんとやらが、何の用?」
「貴方の無気力で自堕落で、無意味な生は、
ぶっちゃけて、何も無いままに終わりました」
初対面で辛辣だなおい!!
美人に悪し様に言われて悪い気もしないオレも大概だけどな!!!
「で、何!? 転生とかさせてくれたりすんの??」
「貴方が望むのであれば……今は余りお勧めしませんが」
え!?まじ??
異世界に生まれ変わって?
一話からレベルカンストしたり、
のっけからステータスマックスで?
現れる女子が老若問わずことごとく
大した理由も無くオレに好意を持ってたり!?
ライバルは不当に頭が悪かったり?
そんな都合の良い世界に!?
このオレを!!!
「やってくれ! 今すぐやってくれ!」
「で、ですが……今、枠が一つしか開いてなくて……」
「は?? 転生枠とかあんの!?」
ハロワでももうちょい門戸広いぞ?
まぁブラックじゃなきゃ何でもいーよ。
けどまぁ転生っつーと、
チート放題やり放題、高確率でパラメーターに恵まれるか、
不遇職でもご都合運補正で何とかなったりする
ヌルゲーと相場が決まってる!!
「……ノープロブレム! やっちゃってくれ!」
「分かりました……もう一度確認しますが、本当に良いのですね?」
「ばっちこーい!!!」
精霊ルビスの小さな溜息と共に突如降りてきた漆黒の緞帳と、
聞き慣れた、
でれでれでれでれ、でんででん
という、
具体的には昭和後期のいたいけな少年達の心に、
強烈なトラウマを植えつけた、
あの効果音と共に、
オレの意識は電源が落ちたブラウン管テレビのように、
ぷつんと途絶えた。
続く