アストルティア創世記。
とこしえのゆりかごを出立した女神ルティアナは、宇宙猿人ゴリとラーよろしく宇宙を旅して目についた地球を必ず手に入れようとはせず、創造神の末裔らしくたどりついた新天地に新世界アストルティアを創生した。それが神話の時代、いまからたぶん数万年はむかしのこと。
だけどこのとき、かつてゆりかごを滅ぼした連中の一部が隠れていたらしい。ルティアナがそれに気がついたのはアストルティアができてしばらくしてからのことで、なんとかしなければいけないけれど、なにを考えたのか女神は創生のチカラを用いてそれと話ができるようにした。鬼ヶ島の鬼を説得しようとしたのかもしれぬけど、それが傲慢な過ちだということを女王ゼルメアの後悔を聞いたものは知っている。こうしてジャゴヌバが誕生した。
ジャゴヌバは自分が知らなかったいろいろなものを学ぼうとしたけれど、彼に向けられたのは暴虐、戦禍、虚無、禁忌、嘲弄、渇欲、怨嗟といった悪い感情ばかりだったからあんな性格にもなった。戦禍のジュネイラが嘲弄のピュージュと仲がわるかったように、彼のなかにも葛藤はあったけれど残念なことにジャゴヌバ自身の性格はピュージュ寄りだった。
魔瘴がたっぷりわきだして、アストルティアの住民たちが魔族や魔物に変わっていく。女神はあわてて世界を切りはなすと切り離された世界は魔界になった。神々とジャゴヌバが争って、相打ちになると女神と邪神は封印された。生き残った神々のなかで、長兄ナドラガは「ぼくがママのかわりになるよ」と言ったけど、弟や妹たちには「きもいからやめて」と拒否された。兄弟喧嘩がはじまって、竜族の地ナドラガンドも世界から切りはなされてしまう。
時は流れる。
はじまりの舞を踊った最初の大魔王ゴダがアストルティアに攻め込んだのは神々の兄弟喧嘩よりも後のことだから、竜族がもとになった魔族はルティアナとジャゴヌバが争った時代の末裔ということになる。もちろん魔界のヒロインことユシュカのことで、彼のとおい先祖である大魔王ヴァルザードもおなじ系譜だったろう。
はじめて魔界を統一した大魔王ヴァルザードは、勇者アジールと相打ちになって命を落とす。部下に犠牲を出さないために、正々堂々と一騎打ちをしたのはそれだけ彼がアジールを認めていた証だろう。遠い未来、ジャゴヌバを打倒する策まで考えていたヴァルザードだったけど、残念ながら後継者にはめぐまれず、孫たちが跡目争いをはじめると砂漠の国は滅びてしまう。ひとりが砂漠に逃げると商人になっていきのびた。
これがユシュカの祖先に連なる話で、彼がこのことを知っていたかどうかは疑わしいけど、砂漠の地に一代で国を起こして魔界を統一した大魔王ヴァルザードの伝説を彼が知らなかったはずはない。大魔王岸壁に彫られているハンサムな像もちょっとオレに似ているなとうぬぼれを強くしたこと疑いない。褐色の肌に立派な口ひげをはやしていたというヴァルザードの姿に、ユシュカが自分を重ねてみたのは明らかだ。
砂漠の狼王とよばれる人物がアストルティアにいた。
太陽の王国の末裔として国を治めていたけれど、国に厄災が起こるようになって、災いのもとを調べるべく2000年前に滅ぼされた夜の王国と封印された魔神の遺跡を訪れる。かの地で出会った娘が夜の王国に伝わる短剣を手にしているのを見つけると、それでも彼は娘を守り、我が身に呪いを受けてなお魔神を討ち倒してみせた。呪いに倒れ、目を覚ました王は国を治めながら、姿を消した娘の姿を生涯を賭して探したといわれている。
娘はその後も旅を続け、やがて魔界に渡るとレディウルフを名乗って砂漠の地を拠点にした。この地で出会ったユシュカを彼女が助けたのは、我が身を危険にさらしても友人を救おうとしたユシュカに思うところがあったのかもしれぬ。機転が効くし気宇も壮大な若者ではあったけど、なにしろ品性に欠ける性格とファッションセンスをしていることが残念な坊やにしか見えなかったろう。むしろ彼の友人ナジーンのほうが気品のあるふるまいをしていると思ったにちがいない。
砂漠の地に国を興して、魔界のすべてを救おうとしている若者がいた。
もしも彼が初対面の娘をしもべ呼ばわりすることもなく、託児所で子供たちを無視してファラザード産の紅茶はいかがですかとすすめるようなこともせず、大貴族のさそいを断って代理にしもべをよこすようなこともせず、まして大魔王選定の儀にリングインするプロレスラーみたいな残念なかっこうをすることを、砂漠の狼王だったらぜったいしないだろう。たぶん伝説の大魔王ヴァルザードだってしないと思う。
そうは思わないかねと聞いてみたい。