ぼくがその世界に生まれたのは、世界のすべてが終わる直前だった。
宿は閑散としてだれとすれちがうこともない。カウンターに腰掛けている天使からは、この世界が盛況だったときにたくさんのひとが彼女に話しかけては冒険に旅立っていたんだという話を聞かされた。宿を訪れては彼女に会いに行くようになった。彼女の口調をまねするようになったのは、ぼくもそんな冒険者に会いたかったからかもしれない。
いろんな冒険者がいた話を聞いた。なまいきな妖精にふりまわされながら、出会う人を助けてまわるおせっかいのおひとよし。ひとを助けるのに理由なんてない。目の前でだれかが困っていたら、ためらわずに飛び出してしまう。世界樹に感謝のエネルギーをとどけたのも、堕ちた天使に剣を向けたのも、洞窟の奥に目覚めた魔王に挑んだのも、ひとを助けたついでになしとげていただけだ。
その日、世界はジア・クトに滅ぼされた。
ひともいきものも建物も、世界がものいわぬ石ころのようになっていく。世界の終わりはしばらく前から告げられていた。まだ残っているひとたちはすれちがうことができるというけれど、創造者はこの世界を放棄することを宣言した。彼らはもう新しい世界をつくろうとしていたから。ぼくは新世界に向かう船に乗せられた。
ぼくはいけにえになることを命じられた。新しい世界を守るために、ひとの役に立てるならと、その役目を引き受けたはずなのに、そんなぼくを守るためにおおくのひとがしんでいく。なんのための天使なのかと考えるようになったとき、ぼくの目の前に彼女があらわれた。エルドナを助けるために、ぼくの目の前で黒い風にとびこんでいった彼女の背中。ぼくははじめて、ぼくが出会いたかった冒険者に会った。ぼくもきみみたいになりたかった。きみの話を聞かせてほしかった。
それが悠久のレクタリス。You are Lectalis in 9's world.
彼女が会いたかった旧世界のプレイヤーに、マメミムは生き写しだったにちがいない。妖精サンディに暴言を吐きちらしながらクエストの端から端までクリアして、錬金装備もぜんぶそろえて魔王の地図奥深くにこもるエスタークやりゅうおうに挑んだ変人だ。
当時、マメミムとはちがう名前の天使が旧世界に生まれたときも、すれちがうひとはもうほとんどいなかった。かろうじてぜんぶの配信を手に入れることはできたから、レクタリスよりはよほどめぐまれていただろう。旅芸人と僧侶と魔法使いと武闘家の四人組。マイコーデが存在しないから、装備は外見を優先した。職業も変えたくないから変えなかった。ひとりだから耐性とか席がないとか言い訳する必要もない。
クエストはぜんぶクリアした。目の前でこまってるやつを助けるのに理由なんかない。つかいばしりをめんどうくさがることもない。たのまれたらはいとしか答えない。でもどうせだったら誰かをたすけられたらきぶんがいい。へたっぴで油断をする性格は知識とさくせんと、なんどでも挑んでおぼえることでなんとかすればいい。ふだんは威嚇係として暴言をとばすおしごとだけど、ピンチになれば「だいじょうぶ!」と言えればいい。
レクタリスはそういうものになりたかったんだと思う。マメミムはそうなれたらいいなと思っているだけだったから、彼女に聞かれたらやってみれば?としか言わなかったろう。この世界にすごいプレイヤーとか配信者とかブログ主なんてものは存在しない。みんなおんなじに、すきなことをなんだってやってるだけだ。
ぼくはひとが好きだと彼女はいった。ほんとうは彼女にだって旧世界のおちこぼれ天使として、ガナン帝国に囚われた天使たちを助けてグレイナルの背にまたがるような冒険が待っていたのかもしれない。彼女にその機会がおとずれなかったのは彼女のせいじゃない。
きみは旧世界のレクタリスだったけど、新しい世界できみがやりたいことはあったのだろうか。
それでも後悔がないのなら、感謝があったのならそれを非難する理由はない。