彼は努力のひとだ。ギルガラン様が産まれてまだ幼いうちに、王妃様はお亡くなりになられてしまう。ご兄弟ともども体がよわかったこともあって、グリエ様は静養のために養子に出されている。王子として国を背負うことを義務付けられた彼もまた、背は高いが線がほそくオーガの王としては不向きに見られていた。
ギルガラン様がどれだけの努力をなされたか、知るものはいない。屈強なオーガの精兵たちが、彼の日々の鍛錬にすらついていくことができずドランドの地に膝をつく。おそらくグリエ様だけが、ご自分と似た境遇だったギルガラン様が、どれほどの生涯を鍛錬に捧げられたかを想像できるのだろう。細面の外見、オーガにそぐわないギルガラン様の御姿は彼の犠牲と覚悟のあらわれなのだ。
「王にふさわしいのはギルガランだ」
そう仰られたグリエ様が、王を支える叡智を身につけるためにどれほどの学びを得られたか、知るものはいない。雄峰ランドンの麓にある、数百年の記述が収められた庫がいまだ幼い彼の学び舎だった。屈強なオーガの精兵に及ばぬ身であればこそ、彼らにも、ほかの誰にも真似ができぬものをご自分は身につけなければならない。ときには王家の記録をひもとき、ときには人気のない史跡を訪れ、ガズバランの神話にも迫るグリエ様の叡智に及ぶ世人はない。
「あんなことをできるやつは他にいない。グリエの見聞は叡智の冠にも勝る」
引き離されて育ったご兄弟がお互いを誰よりも理解して崇敬されていることを、そしてお二人がご両親の優しさと強さを備えておられることを、父王ゾルトグリン様はどれほど貴重なものとして愛されたことだろうか。
あるとき、ギルガラン様がドランドに徘徊する魔獣狩りにグリエ様をご同行させたことがあった。ギルガラン様はご自覚なされているが、彼は並みのオーガにも勝る剛力をふるうために俊敏さを犠牲にされている。すばやく動きまわる魔獣を捉えることは決してたやすくない。それを承知されているグリエ様はご自分を襲わせながら、魔獣がギルガラン様の前面に出るように誘う。獣が跳ぶまえにどのような所作をするか、身をたてなおすために何拍の時があるかを承知されている。おふたりは戦士ゾルトグリン様の息子なのだ。
王族の狩りは力試しや武功をあげるための所業ではなく、ドランドの難を退け民に平穏をもたらすための統治である。岩すらも両断する板斧が、民を脅かしていた魔獣の頸を落とす。
ギルガラン様は誰よりもお優しいから、獣の眼前に立って他者に背を向けることができる。グリエ様は誰よりも勇敢だから、我が身すらも囮にして他者に身を預けることができる。持ち帰った毛皮は脅威が去った象徴としてゾルトグリン様の玉座に敷かれた。二本の牙は勲しの象徴としておふたりの王子に遣わされた。それはご家族にとってなににも代え難い宝物になったろう。
あるとき、記帳した宝物庫の目録を王と王子たちに上程した。みなは口を揃えて仰った。国の宝はそなたが残した宮廷の記録である。良きも悪しきもすべて、オルセコの歴史をあますところなく後代まで伝えてほしい。過ちも災いも乗り越えた歴史があれば、それは我らが子や孫たちを救うだろう。
「ならばご自身たちの宝はよろしいのでしょうか」
不躾な問いに、ゾルトグリン様は大きな手のひらで玉座をなぜながら、我はもう宝を手にしているのだと仰られた。グリエ様は己が腰に、ギルガラン様は己が胸に手のひらを据えながら、互いに視線を交わされていた。嗚呼、そのときの表情だけは我が筆致を尽くしても語ることはできないだろう。王子の宝の詳述は別に記すことにしよう。
ー ゾルトグリン歴宮廷記録より抜粋。なお、別に記すとされたムニュ大臣の詳述は見つかっていない ー