某月某日。セレドの村、集会所にて。
二度目の集会はつつがなく行われようとしていた。
私は壁際に立ち、その様子を眺めていた。
薄暗い密室に炎が揺れ、霧のように深く立ち込めた香が半ば麻薬のような濃度で人々の周囲を取り巻いていた。
この怪しい儀式をすぐにもぶち壊してやりたいくらいだったが、町長をはじめとして住民のほとんどが霊媒師に心酔しているこの状況では、決定的な証拠が現れるまでは何を言っても無駄だろう。
徐々に誘導的になってゆく霊媒師の言葉に顔をしかめつつ、私は懐に忍ばせたレッドベリーの辛みで意識をはっきりと保つことに専念していた。
もちろん、外見上は香りにまかれて夢うつつのような演技をしながらだ。魔法戦士団と言えば武芸と魔術ばかりが取り上げられだちだが、潜入捜査には演技力も必要である。その方面も一通りの訓練は受けていた。
訓練の成果が、いかほどかはともかくとして……。
やがて決定的と思える場面が訪れた。
外にいるリルリラたちへの連絡石に合図を送るとともに、大音声を張り上げる。
「そこまでだ。その像、改めさせてもらう!」
静まり返った密室に私の声が響き渡った。
その声は儀式の静寂を破り、朦朧としていた村人たちの意識を目覚めさせるはずだった。
だが、様子がおかしい。
乱入にも似た私の登場に振り返りもせず、村人たちは一糸乱れぬ姿で祈りを捧げている。
「静粛に……お祈りの時間ですよ、魔法戦士さん」
霊媒師は静かに笑った。
そしてどこからか取り出した刃物を住民たちの一人に突き付ける。
刃を首筋に宛てられて、まだ彼は表情一つ変えずに祈りを続けていた。
「この香の力を甘く見ましたね。声をかけた程度で呪縛は解けません。……おっと、動くと良くないことが起こりますよ」
剣に手をかけた私にサダクは嘲笑を投げかけた。
「まともにやり合うのは避けたいのでね。儀式の遂行とあなたへの人質。一石二鳥というわけです」
舌打ち。したり顔のサダクを睨みつけた私はまま動けなかった。
均衡を破ったのは、高く鋭い声だった。
入り口を振り向く。小柄な人影があった。リルリラか……? と、思ったがさらに小柄で幼い顔つきだ。
それは、私がどこかで見た、しかし初めて見る顔だった。
「これを!」
彼女が投げたきつけ草が火にいぶされ、香を打ち消す。
唐突な二人目の乱入者に、サダクといえど意識の空白が生まれたようだ。
我に返った住民たちに混乱が広がる。私はその間隙にするりと入り込み、サダクに抜き打ちの一撃を見舞った。咄嗟に身をかばい、サダクは人質に突き付けていた刃でその一撃を受け流す。
「これで人質は消えたな!」
「……これも計算の内か!?」
「無論」
無論、計算外だし何が起きたのか自分でもわからん。だが、機が訪れたことだけわかればいい。
「リラ! ニャルベルト! 住民たちの避難を助けろ!」
待機していた一人と一匹に指示を出し、私はサダクと切り結んだ。
鍔迫り合い。にらみ合うサダクの目が赤く輝いた。
「ことはスマートに進めたかったのですがね、致し方ない」
牙をむくような笑みを浮かべたサダクの身体が一瞬ぼやけると、突如、弾けた。
飛びのいた私の前に現れたのは、一頭の象。いや、象の頭と6本の腕を持つ獣人だった。
「なるほど、スマートじゃない本性を隠していたわけだ」
軽口と共に剣を構える。
魔物との一騎打ちが始まった。