夜の空気を優しく潤す雫のように、きらめくものが私の視界を横切った。
一瞬、目の錯覚かと思ったが、そうでないことはすぐにわかった。
神殿を覆う木々が実らせた姿なき果実は、蛍のように淡い光を放ち、木々の間を揺らめいていた。
神秘的な光景がそこにあった。
こんな光景を見ると、私は子供のころ夢中になった、マナの聖剣を携えた少年の物語を思い出す。
果たしてこの地で語られるのは、どんな伝説だろうか……?
ソーラリア峡谷の最奥。我々を待ち受けるその建造物は、先行した考古学者たちによれば、古き神々の神殿なのだという。
「古き神、か」
アラハギーロにはアヌビスやセトといった古代神の名が伝わっている。
セレドットのダーマもかなり古い神殿だと聞く。リンジャの塔も彼らの神を祀っていた。
セレド・リンジャハルとアラハギーロの中間に位置するリャナのソーラリア遺跡が奉る神とは、果たしてどちらの文化圏に属するものなのか。あるいは、全く別の文化を持っていたのか。
それによって、古代史の読み解き方も変わってくるかもしれない。
学者でない私にそうした事実が解明できるはずはないのだが、人並みに興味はある。できるだけの資料をまとめて、本国に送るとしよう。後のことは頭脳明晰な安楽椅子探偵たちに任せればいいのである。
遺跡を進む。
半ば木々と半ば一体化したこの遺跡は、一見すると年月により、森に侵食されつつある遺跡に見えるのだが、どうも意図的に木々を利用して通路を作っているフシが見受けられる。
自然と共存する文明だったのだろうか?
要所要所を守るのは機械仕掛けの竜であり、また巨大な合成獣である。高度な文明が栄えていたことがうかがえる。
二重三重になった迷路のような遺跡をようやく抜けると、そこは入り口からガケ越しに目と鼻の先の位置にある広場だった。
奥には本命らしき神殿のような建物が見える。どうやらこの迷路自体、神殿を守る砦の役割を果たしていたようだ。
そこまでして守るのだから、余程大事なものが眠っているのだろう。
だが、探索はそこで行き詰ってしまった。神殿の奥は固く閉ざされており、壁ごと破壊するつもりでもなければとても進めそうにない。
……もちろん、貴重な史跡を破壊する権利は私にはない。荒らしまわって宝を頂く権利はあるにしても、だ。
「どうやらここまでか」
「疲れたねえ」
床に腰を下ろしたリルリラは、壁に飾られた絵を眺めていた。
巨大な竜と、それに従えられた魔物たちだろうか。
「ソラ、お前のご先祖様じゃあないのか?」
からかい半分に言ってみたが、ソーラドーラはリルリラの隣で眠そうに丸くなっているだけだった。
今でこそ魔物の一匹と数えられているドラゴンだが、かつての世界は人、魔、竜の三勢力に分かれていた、という学説もある。
また、竜の王があらゆる魔物を率いる魔王として世界に君臨したという伝説もある。
そして、まことしやかに伝えられる「竜人族」の噂……。
果たして、ここに祀られた古き神とこの竜にはどんな関係があるのか。
人とドラゴンの歩みの歴史は実に古く、不確かで、そしてロマンに溢れている。
この遺跡の調査報告がその歴史にメスを入れる一助になることを祈りつつ、報告書をまとめることにしよう。
帰り道、夜も明けて青空が頭上に広がる。
雲を眼下に見下ろしながら空を見上げる奇妙な感覚。雲間から見える大地を眺めると、まるで天空の世界に立っているかのような気分になる。
幻想的な光景だった。
この探索でいくつもの景色を見てきた。それが私の心を癒してくれるのを何度も感じてきた。
私の胸の内にいつの間にか渦巻いていた空虚さに天空の風が通り抜け、吹き飛ばしてくれたようだった。
「ここに来て正解だったな」
誰ともなしに呟く。
新しい時代の強敵たちとも一通り戦い終えて、少々行き場所を見失っていた私を原点に立ち返らせてくれたのが、今回の探索だった。
力を求めるばかりが冒険者としての成長ではあるまい。旅を楽しめなくなったら、どんな力も、使い道を失ってしまうのだ。
この風景と共に、胸に刻んでおくとしよう。
まだまだ、旅は続いていくのだから。