オーグリードを巡る長い旅の記録も、そろそろ最後のまとめに入ることになる。
ところどころ曖昧になった記憶をなんとか補いつつ、ここに顛末を記すことにしよう。
オルセコからグレンに舞い戻った私はその後、二度の戦いを経験した。
いずれも苦しい戦いだったが、襲撃に備えて事前に守備を整えておいたことと、件のバグド王お墨付きの冒険者殿の水際だった活躍により、なんとか切り抜けることができた。
中でも圧巻は二度目の戦い……異形と化した悪鬼ゾンガロンとの決戦だった。
冒険者殿はオーグリードに伝わる"戦の舞"が封印の鍵を握っていることを突き止め、"盾の同盟"により集まったグレン、ランガーオのオーガ達に封印の舞を踊らせたのだ。
オーガにとって特別な意味を持つというその舞は、ウェディの私から見ても血が騒ぎ、また畏敬の念を抱かざるを得ない厳粛にして力強いものだった。
原書の記憶、内なる混沌をリズムに乗せて型となし、神に捧ぐ。
これぞ舞と呼ぶべきだ。太鼓を叩いてラップと称するどこかの職業には大いに見習って頂きたいものである。
屈強な男たちが舞い踊る中、粛々と儀式を遂行するように冒険者は武器を振るう。いかな異形の怪物といえど、封印の舞に力を抑えられた状態で、一流の冒険者を迎え撃つことは不可能だった。
我々魔法戦士団も強化の呪文と理力を振りまき、冒険者を援護する。怪物はじりじりと追い詰められていく。
そして刃の旋律が異形の雄叫びを打ち消した時、戦いは終わった。
こうして、オーグリードを揺るがした大事件は一旦、幕を閉じた。
もっとも、その決着すら、新たな事件の始まりに過ぎなかったのだが……
……ここに全てを記すのはやめておこう。
さて、この戦いを通して、私は二人の人物と知り合った。彼らについて触れておこう。
一人目は、グランゼドーラに客分として滞在しているという異国の剣士ファラス氏。
剣の腕前はかなりのもので、先の戦いでも伝説の魔技、闘魔滅砕陣を一撃のもとに破り、襲撃者を相手に見事な一騎打ちを披露してみせた。
流れの剣士というと粗野で無骨というのが典型だが、彼は教養のある理知的な人物であり、信用に値する武人である。
とはいえ、彼を巡る状況は非常に厳しいものだ。詳しいことまでここに記すわけにはいかないが……私も主を持つ身として、心より同情する。
「気分を落ち着けるために……手記でも書くか!」
氏は宣言した。
……こういうところも共感できる男である。
もう一人は、いつの間にか冒険者殿と行動を共にしていた一人の淑女である。
聞けば大きな運命と使命を持つ高貴な女性だという話だが……彼女は事件がいったん落ち着くと、ある村に居を構え、何故か猫を集め始めた。
「猫に囲まれた部屋が夢だったのよね~」
……もう少し、他にやるべきことがあるのではないだろうか。
高貴な方の考えとは、実に理解しがたいものである。私がこの村の村長なら、猫島への移住をお勧めするが……
一方、本物の村長は彼女と黒猫を交互に見つめると小さく呟いた。
「"誰"が"誰"なのか……整理しないとな……」
……と。
思った以上に深刻な表情で悩んでいたようだが、村を治める立場となれば、考えるべきことも多いのだろう。
猫が長い声で鳴く。淑女は悪戯めいた表情で小さく舌を出し、黒い毛並を撫でた。