戦いの後。
守護騎士団と魔法戦士団は互いに労をねぎらいつつ、砦に戻っていった。
私を含む一部の団員はしばらくその場に留まり、念のため監視を続けたが、もはやその必要もなさそうである。
ようやく肩から力を抜く。
私はカンティスと健闘をたたえ合い、お互いの拳を打ち合わせた。
「結局、ジア・クトと魔神の関係は分からずじまいか」
「ああ……。例の視線も今は感じない……やはり気のせいだったのかもしれん」
天使は首を振った。
ともあれ、ひとまずの危機は去った。今は身体を休める時だ。
リルリラから治療を受けつつ、カンティスは物憂げに空を見つめていた。
「何か気になるのか?」
私は話しかけた。件の"視線"を感じたのかと思ったのだ。
「いや……」
カンティスは首を振った。
「この旅で、随分多くの地上人と会ってきたと思ってな。それを思い出していた」
「ああ……」
私は頷いた。各国の要人、その周囲の人々。フォーリオンに招待した者も大勢いる。技師として、戦力として……
「正直に言えば、予想外だった。地上人の寿命は短い。その短い年月で修められる技術など、たかが知れていると……。お前たちにしてもそうだ。魔法戦士団、守護騎士団……それにキリカ修道会」
リルリラが小さく握り拳を見せる。微笑を返しながらカンティスは続けた。
「個としての強さは英雄達には遥かに及ばん。それでもこの地を守り、あの魔神を撃退してみせた。……その強さの源は何だろうと、考えていたところだ」
潮風が塵を転がす。天使は思慮深げに瞳を閉じた。
「組織としての団結力、受け継ぎ、積み重ねてきた技と研鑽……しかしそれだけでは説明がつかん」
「確かに、あのダンディオ団長の突撃など、技術や鍛錬で説明できるものではないだろうな」
私は先の戦いを振り返った。影の兵士を引きずりながら、地響きを上げて突撃する守護騎士の姿。
「あれは……圧巻だったな」
カンティスも頷いた。
愛は強し、などと一言で片づけてしまえるものではないのだろう。妻を死なせてしまった男の嘆きと後悔。身を賭しての贖罪。
温厚な騎士の胸の奥底で渦巻いていた深く暗い情念が魔神のそれをも上回った。あの時のダンディオには、そんな鬼気迫る迫力があった。
「だがカンティス、もっと強いのはその後で彼を救った、サンの心だと思うよ」
私は二人の語り合う姿を思い出していた。
自らを省みず他者を救う。正義という名の牢獄に己自身を幽閉し、責めさいなまれる咎人であり続けようとした父の心を、彼女は強引にでも開かせた。
「理屈ではないんだろうな、ああいうのは」
リルリラがウンウンと頷いた。カンティスは長く息を吐いた。
理屈で言えば、勇者でも英雄でもない我々に魔神を撃退できるはずは無かったかもしれない。それでもやってのけた。あえてその力の源を説明しようというなら……
「信念、情念……言葉では説明できないが、譲れない何か、かな」
少々照れくさい台詞だ。私は無意識に目を逸らしていた。リルリラが脇腹をつつく。
だが天使は対照的に、神妙な顔つきだった。
「譲れないもの、か」
彼は今一度、大きく息を吸い込み、そして吐き出した。
「だとしたら今の俺には、その力は無いかもしれん」
私とリルリラは怪訝な顔で彼を振り返る。
天使は一人、空を見つめていた。