フレさんとクエストを進めているとき貝殻が小道具で登場した。
たぶん神話編だったがそれはどうでもよい。
私は少年時代よく伯母の家へ遊びに行っていた。
伯母の家の書斎にはロッキングチェアがあって、本棚には手のひら大の巻貝が置いてあった。
私が大きな椅子をゆらゆらしながら貝を耳にあてると、
その貝がかつていた海のざわめきが聞こえてくるような気がしたものだった。
同行していたフレにその話を振った。
「貝殻を耳にあてると波の音が聞こえるよね」
半年以上経っているので正確ではないが、たしか、なにも聞こえないとか、波の音のわけがないとか、そんな返答だった。
非科学的だと思ったのか、話を膨らまそうとしてわざと反対したのか、天の邪鬼なところのある人なので反射的にそう返したのか、
今となっては確かめる術はない。
実際のところどうなのだろう?
貝殻を耳に当てると聞こえる音は。
少年時代の私が夢想したような波音の残響なのだろうか、
それともそっけなくフレが返したように非科学的な思い込みなのだろうか。
調べてみるとこういうことらしい。
貝殻を耳に当てると海の音がするのは、周囲の音波のうち、
貝殻の中の空気の固有振動数に合う音波が貝殻の中で共鳴を起こして音が聞こえる
この説明が完全に正しいとも思わないが(他にも諸説あるようだ)、
一応説明にはなっているような印象を受けないでもない。
耳を手で覆うだけでもコォォ……という雑音が聞こえるので、少なくとも何も聞こえないということはあるまい。
結局のところ貝殻から聞こえる音は、科学的には周囲の雑音で、詩的には波の音なのだ。
もし、いま私の眼前にあの貝殻が現れて、私がそれを耳にあてたとしたら。
間違いなく私には雑音に聞こえるだろう。
少年の私が伯母の家で過ごした日に聞いたあの波の音を、もう一度私が耳にすることは決してない。
時の流れは不可逆で抗うことはできないからだ。
かつての自分が波の音を貝殻に聞いたのも、いまの自分が雑音にしか聞こえないのも当然で、
重要なのは今の自分がかつての自分から連続しているのを忘れないことだ。
私はドラクエで貝殻の小道具に出会ったときに、あの日の波の音をはっきりと思い出すことができた。
だから誰か他の人から、
「貝殻を耳にあてると波の音が聞こえるよね」と尋ねられたら、
迷いなく自然に「うん、聞こえるよ」と答えるだろう。