1 忍び寄る過去の足音②
「――はぁい、今日はここまでよ〜」
先程まで鬼気迫る語りを見せていた魔女が、不意に気の抜けた声でパタンと本を閉じる。その途端、眼前の映像は霧が晴れたかのように跡形もなく消え失せたのであった。
「すごーい!」「面白かったー!」といったプクリポの子どもたちの大歓声が響き渡る中、セバスが拍手を贈りながら魔女へと歩み寄る。
「お疲れ様でした、エリミリアさん。本日は素晴らしいイベントをありがとうございました」
「魔女さんありがとう! 僕も楽しかったよ!」
労いの言葉をかけるセバスとクロムに、エリミリアと呼ばれた魔女が切れ長の目を少し細めて微笑を返す。そして朗読の時とは打って変わって甘ったるい口調で、
「たまにはこういうのも楽しいわよねぇ〜。ところで、そろそろ今日の御用を伺ってもいい?」
「じゃあ僕はみんなを連れて先に出てるよ! みんな、ついて来てね!」
クロムに先導される子どもたちが「ありがとう!」「魔女さんまたねー!」と思い思いに挨拶しながら、ぞろぞろと大広間を後にする。
この後、プクリポの子どもたちは広い庭の遊園地で遊んだりお菓子を食べたりする時間なのだが、セバスとエリミリアはそのまま大広間に残って『御用聞き』を始めていた。長身のウェディであるセバスだが、ヒール込みだとエリミリアの身長もほぼ変わらない高さであることがよく分かる。
「おかげ様で、魔装の調子は悪くありません。今の私一人ではメンテナンスも限界がある中、本当に助かっています」
「ならよかったわぁ、必要な時はまたいつでも呼んでちょうだいね〜。ところで、今日はどの素材をお譲りしましょうね?」
相変わらず甘ったるい口調のエリミリアが何処かから取り出した手提げ籠の中には、色々な種類の鉱石や植物といった素材が所狭しと詰め込まれていた。セバスはその中から幾つかを選び出し、
「そうですね……ではその鉱石をこれだけ、後はその枝もいただきましょう。クロム様の新しい装備にも使えそうですので」
「毎度あり〜♪ じゃあ、それぞれ一つずつおまけしておくわね!」
エリミリアはプクリポリタウンの言わば『出入りの業者』みたいなものであり、今回の魔法を使った朗読会はサービスの一環である。プクリポリタウンでは日中プクリポの子どもたちを預かることが多く、楽しいイベントは幾らあっても困らない。
そして何より、セバスが過去に施された魔装の技術面においては魔法的分野のテクノロジー、所謂〈魔学〉の知識が不可欠であり、その道の専門家である魔導技師でなければ解明できない点が幾つも存在する。そのため、魔学に精通した魔女エリミリアの手を借りることで、魔装の機能を何とか損なわず維持できているのだ。
そもそも、この魔女がプクリポリタウンを最初に訪れたのはいつだったか……セバスがふと考えたその瞬間、
「大変だよ! 町の中にモンスターが!」
大広間へ駆け込んできたクロムの叫びに、セバスの目の色が鋭さを帯びる。『あり得ない』と考える前に、
「クロム様とエリミリアさんは子どもたちを!」
そう言い残したセバスの姿は、まるで蒼穹の風が吹き抜けるかのように大広間から消え去っていた。