2 魔装展開、ウェナブルー!②
刻は既に夕方――追われていることに気づいているのか、影はオルフェア西の外れの崖へと速度を上げる。人気のない地点へ逃げてくれるのであれば、周囲を巻き込みたくないセバスとしては都合がよい。
スピードは明らかに魔装展開している自分の方が速い――そう思った矢先、影が崖の手前で足を止めた。崖の下には海が広がっており、これ以上の逃げ場はない。
無造作に上げられたワイルドな銀色の髪が背負った夕日に照らされ、首元の白いファーとは対照的な黒いロングコートを身にまとった影が、鋭い視線をこちらへと向ける。それがセバスと同じくウェディの青年であると気づくのに、然程の時間はかからなかった。
「……お前は俺を追い詰めたつもりだろうが、ここまで来てもらったのは俺の意思だ。それとも、そんなことはとっくにご存じだったかい?」
「私としてはありがたい限りですがね。早速ですが、貴方がキラーマシンを持ち込んだ理由を伺いましょうか」
何処か歪んだ笑みを浮かべるウェディの男に対し、フェイスガードの紅い目を光らせたセバスが淡々と問う。ウェナブルーに魔装している自分が、崖を背にした生身のウェディに後れを取る要素は皆無と言っていい。
「勿論、お前を一目見ておきたかったからさ。その証拠に、プクリポのガキ共には一切手を出させなかっただろう?」
「ならば私を直接呼び出せば済む話でしょう。こそこそとネズミのように忍び込み、子どもたちを巻き込む必要など何処にもなかったはずですが」
丁寧ながらも皮肉を交えたセバスの言葉に、ウェディの男が苦笑しながら、
「ネズミとはご挨拶だな……単純な話、お前が執事として客を守る時の強さを見たかったってだけのことさ」
やはり、相手は自分の素性を知った上で行動している……セバスが口を開く前に、男は肩を竦めながら吐き捨てるようにこう続けた。
「……ま、旧式ならあの程度が限界か」
それが破壊されたキラーマシンではなく、自身の魔装に対する言であることに気づいたセバスの口調が、一気に冷徹なものへと変わる。
「随分と私に詳しいようだが――貴様、何者だ」
その問いに対し、男が我が意を得たりとばかりにニヤリと笑い――そして、ゆっくりと口を開いた。
「よく知ってるさ……〈アズール・プルミエ〉。それが旧式である、お前のコードネームだったってこともな」
アズール・プルミエ――捨てたはずの名。
体中の血の気が引くとは、今のような状態を指すのだろう。あのキラーマシンは過去からの使者であり、そして、自分が追っていたこの男は――
「俺の名はゼーエン、お前の後任さ。そちらにとっては古巣だろうが……〈機甲戦団ガイデス〉、よもや忘れちゃいまいな」
――機甲戦団ガイデス。
セバスの心を読んだかのように、その男――ゼーエンが自己紹介を始める。しかしセバスにとっては男の名そのものより、かつて己が属していた忌まわしき組織の名こそが、まるで呪いのようにまとわりつく絶望感の象徴でしかなかった。
そして、後任を名乗る組織の男――次にセバスが考えた光景、それが間もなく現実のものとなる。
「――魔装展開」
ぼそりと呟くゼーエンの全身が、深い紺碧の光に包まれる。それが硬質化した時、セバスの目の前には自身と同じような――否、その魔装は深海竜を思わせる造形であり、紺碧の暗い輝きは全てを飲み込むような不気味さを漂わせていた。
「俺のコードネームは〈アズール・ドゥジエム〉――先輩にも教えてやるよ。旧式とは違う、完成された魔装の力をな!」