6 紅蓮の羅刹王①
日が高くなりつつある時刻、セバスは雪に覆われた山中――ランガーオ山地の更に深部を、白い息を吐きながらひたすら歩き続けていた。幸い天候には恵まれていたものの、雪の女王の冷たい息を思わせる山背が容赦なく骨身に染み渡る。にもかかわらず、彼は魔装せずに執事服のままで耐え忍んでいた。
「……あれだ」
雪の積もった木々で視界が遮られる中、その先に何かを見つけたセバスが歩調を早める。
白い樹木が生い茂る山林を抜けると、不意に景色が大きく開かれる。そこには広大な湖が冷たく透き通った水面を湛えており、少し霞がかった奥には雪の山中にありながら、まるでそこだけは秋のまま時が止まっているかのような紅葉の小高い丘――その頂上には、如何にも魔女の住処と言わんばかりの赤い屋根の館がそびえ立っているのが、遠目からでもはっきりと見えた。
そして――常秋の丘が見える向こう岸へは、この大きな湖を渡らなければならない。如何にセバスが泳ぎの得意なウェディと言えども、冷たく深い湖水で一気に体温を奪われるのは自殺行為である。
何か手段はないかと辺りを見回すと、湖のほとりの木々の間に幾つかの小屋が立ち並んでいるのが見え、そこには渡し舟を所有していると思しきところもあった。セバスが扉をノックしながら、
「ごめんください、どなたかいらっしゃいますか」
少しの間を置き、白ひげをたくわえたオーガの老人が顔を出す。
「……こんな山奥まで、一体何の御用ですかのう」
「実は丘のお屋敷へと伺いたいのですが、渡し舟をお借りすることはできますでしょうか」
やはり、といった顔で老人が首を横に振る。
「やめときなされ、あそこは〈ランガーオの魔女〉が住んでおる恐ろしい館よ。悪いことは言わんから、そのまま引き返すといい」
(……ランガーオの魔女?)
セバスが首を傾げながらも、
「その方は私の知人なのです。どうかお願いできませんでしょうか」
深々と頭を下げる姿を前にした老人が、諦めたように表に出る。
「仕方ありませんな、舟を出しましょう。但し、何が起きても責任は負いかねますぞ」
「ありがとうございます。私はこの通りウェナの民の端くれ、自分で漕いで渡らせていただければ十分です」
後で必ずお返しに伺います――と約束を交わし、セバスが常秋の丘へと渡し舟を漕ぎ進める。やがて辿り着いた正面には、頂上までの大階段が口を開けて待ち受けていた。
(不思議だ、ここはあまり寒さを感じない……ん?)
セバスが大階段へ足を踏み入れようとした時、ふと煉瓦を積み上げた丘の壁面が目に留まる。そこにはまるで隕石が墜ちたかのような、大きく削り取られた跡があった。
ランガーオの魔女というのも、あながち誇張ではないのかもしれない……そのような想像が頭を過ぎる中、セバスは階段を一歩、また一歩と上り始めていた。
「ランガーオの魔女! 言い得て妙だわね!」
赤い屋根の館内――扉を開けるとそこにはダンスホールが広がっており、生活スペースは全て二階に設けられている。その客間で、主のマユラが楽しげに来客であるセバスと談笑を交わしていた。
「――それにしても、ここまで来るのは大変だったでしょう。迎えに行ってもよかったのだけれども」
「いえ、私が無理を言ってお願いしたことですから。これも修行だと思えば、苦にはなりません」
セバスの頼もしい言葉に、マユラが頷いてみせる。――そして、彼女はおもむろに立ち上がった。
「お疲れでしょうけれども、早速始めましょうか。着替えてくるので、少しの間だけ待っていてくれるかしら」
〜6 紅蓮の羅刹王②へ続く〜