あぁ――最悪ですわ。
本心が……心から漏れた。この状況を最悪以外の言葉で、どう表現するというのだろう。
座り心地の悪い馬車、真ん前に座る“彼女”のせいで居心地も悪い。換気もロクにできていないので――空気さえ淀んでいるような気がした。
「はぁ……なぜ貴方と馬車なんかに乗っているんでしょう」
精一杯のオブラートに包み、私は言葉を漏らした。もう過ぎたことなので愚痴っても仕方ないのだけど――。とはいえ、こうでも言っておかないと座りが悪い。
彼女は肩を竦めて、快活に笑ってみせた。よくもまぁ、この状況で笑えるものだと逆に感心してしまう。
まぁ笑っているのは私も同じなのだが。
「アタシは嫌いじゃないぜ? これぞ冒険って感じがしてさ」
「贅沢を知らないだけでは? これから苦労をするというのに、わざわざここでも不自由な思いを買い込むなんて……もしや、エル様はご自身を虐めるのがお好きでいらっしゃる?」
「それは違うけどね! というか、経費削減のために馬車を利用するっていったのはカンパネルラの方だろ?」
「……ええ、苦渋の選択でしたわ?」
「そんなにアタシと乗るのが嫌だった?」
「……はぁ、何故こんなことになってしまったのか」
「無視!」
「答えるまでもない愚問ということですわ? 言わせないでくださいまし」
と、同行者のエルと交したくもない言葉を交しつつ。私は事の発端を思い返した。こうすることで、今後の教訓にしようと思ったのだ。
とはいえ私に落ち度はない。
何もかも、あれが悪いのだ。あれが。反省点といえば、あれがいる場でビジネストークをしたことだろう。
ああ――だとすれば、私の落ち度かも知れない。
◆数時間前◆
「珍しいね? カンパネルラから呼び出しなんてさ」
店の扉を押し開けて、姿を見せたのはエルリウヌ・ラインハルトという冒険者。武器鍛冶屋が本職のオーガの女性だ。愛称はエル。私も彼女をそう呼んでいる。
「ええ、少しばかり困ったことが起きてしまいまして……」
「困ったこと?」
「はい。急な仕事が入ってしまったのですけれど――珍しく人手が足りておらず」
「そこでアタシにお鉢が回ってきたと」
「ご明察☆」
ウェルカムドリンク(特別サービス価格0G)を提供しつつ、私はこくりと首を縦に振った。実のところ人手はあるにはある。ただ、その人の手というのが――。
「クックック。今空いている人員というのが我輩の手のものばかりでしテェ……カンパネルラは極力動かしたくないようですナァ」
「うわっグリード、いたのね!」
「……」
はぁ、頭の中で少しでも社長を思い浮かべてしまったのが敗因だろうか。エルの隣に現れた社長は両手を天井へと広げて馴れ馴れしくエルに話しかけていた。
「ていうか、カンパネルラの中だと社長よりもアタシの方が信頼できるっていうこと?」
「他人を信頼することはありませんが……仕事をこなすという点においてはエル様に分がありますわ。かなり。そう、か、な、り」
「めっちゃ強調してるね」
「はい、当てつけです。誰にとはいいませんが」
「クックック。そのように熱い視線を我輩に向けられても困りますナァ……」
飄々としやがって……。と、社長の相手をしていたら時間を無限に食い潰してしまう。チラチラと視界に映る社長を無視し、エルに今回の依頼内容を明かした。
「今回エル様に頼みたい依頼はグランゼドーラでの、契約違反者の捕縛ですわ」
「契約違反者っていうのは?」
「弊社の提供するサービスの一つ。G・リーガルサービスにおいて定めていた契約を違反した者のことですわ」
「もっと噛み砕いていいますと、罰則金を払わずにバックれた契約者様をとっ捕まえに行くということですナァ?」
「なるほど、分かりやすいね!」
「どうでしょう、受けて頂けますか?」
「うん、今は忙しいわけじゃないし大丈夫だよ」
「ありがとうございます。それでは弊社の保有するルーラストーンにて移動して頂けますか?」
まぁ私としてはエルが断らないと踏んでいたわけだが。そう考えていたからこそ、私は予め用意していたルーラストーンをエルに渡した。しかし、私の視界の端で社長が下卑た笑みを浮かべた。
……嫌な予感がする。
「おや、カンパネルラもエル様と同行すればよろしいのでは? 丁度、この時期はカンパネルラもまたグランゼドーラに用向きがあるでしょう。ああ、返事は結構。社長命令ですので」
「は? ちょっ――」
と、私が反論を言うまでもなく社長の姿は消失。
残されたのは私とエルと……理不尽な社長命令のみ。まぁ、つまり今回もやっぱり私が社長に振り回されたというわけなのだ。
はぁ、最悪ですわ。
そうして、私とエルは肩を並べて仕事に向かったというわけである。
◆続く◆