月が出ていた。
満月の夜だった。
月明かりの下、静まり返った森を古城へ向かうモノがいた。
そのモノは、今にも闇に溶け込んでしまいそうに存在感がなかった。
いや、影がないのだ。
煌々と輝く月光を浴びながら、まるで、そこには存在しないかのように…。
やがて、そのモノが古城へ消え、しばらくすると、森に音が戻って来た。
森に棲む生き物達の気配だ。
彼らはアレが何なのか分からなかった。
だが野生の本能で、アレがとても恐ろしいものだと言う事だけは分かった。
故に、アレが通り過ぎるまで息を潜め気配を消していたのだ。
「あたしの城へ、ようこそ。小さな来訪者さん。
「その背中の物騒な物が、喋る武器ってわけね。
「自己紹介は、いらぬようじゃな。
「そうみたいだね。
「あいつが色々調べていたからね、あなた達が来る事は分かっていたわ。
「あいつ?この城の主の事か、どこにおる?
「あいつはねぇ…、喰っちまったよ。今は、あたしが、この城の主さ。
「なんと、おぬし盟主を喰ろうたというのか。
「反逆の眷属、話には聞いていたが…
「オイラも見るのは初めてだよ。
「うむ、滅するには惜しい逸材じゃな。
「だったら見逃してくれるかしら?
言いながら大剣を構える。
「あいにくと、そういう訳にもいかんのでな。
少女もまた、背中の武器を取り構える。
数刻、にらみ合い、そして…
「イイヤァアアッ!
女貴族が斬りかかる。
何度か打ち合い、離れる。
「おぬしの力、そんなものではなかろう? 本気を見せてみよ。
少女が挑発する。
「言われなくても!
気を高め、天下無双で斬りかかっていく。
疾風怒濤の勢いに押されて、少女は後ずさりしながらよろめいた。
「もらったぁッ!
大剣に気をまとわせた渾身斬りを少女に向けて振り下ろす。
少女は体制を崩しながらも、かろうじてかわした。
だが、さっきまでいた所へ剣が叩きつけられ、
その衝撃で少女は吹っ飛び武器を落としてしまった。
「くっ!
呻きながら立ち上がろうとしているところへ女貴族が近づいて来る。
手を伸ばして胸倉を掴み片手で少女を持ち上げる。
少女は、じたばた暴れたがびくともしない。
「もう終わりかい? 口ほどにもないねぇ。
「あなたを、あたしの最初の眷属にしてあげる。
長く尖った牙をむきだしにして、少女のほっそりとした首に口を近づけていく。
女貴族は気付いてなかったが、その時、少女は微笑んでいた。
あどけなさが残る少女の顔には似つかわしくない、禍々しい笑みだった。
キュッと口の端が上がり、三日月の形に開いた口の中に白い…
それは女貴族と同じ、獣の牙だった。
つづく