MMORPGは世界観が大事というのが私の持論である。
私が最初にはまった最初のMMORPGウルティマオンラインは、CRPGの始祖のひとつウルティマの世界観をあますところなく再現し、世界の構造はリアルにしてゲーム性も過不足なく、新しき電脳空間にハメを外した馬鹿者どものカオスさによって、すでに元祖にして至高の風格をそなえていた。そして私は大学を留年した。
それから私はMMORPGについて『人生を終わらせる物』と考え、近づかなかった。EQもリネージュもROもFF11もWoWにも、はまったら人生が終わるだろうと思って触らなかった。多分それは正しかったと思う。
三〇代となり、社不の自分も一応定職につくことができ人生も落ち着いてきた。そこで満を持して登場してきたのがDQ10であった。発売当時は、その盛り上がりを横目に見ながら、侍&ドラゴンズというセガのソシャゲを昼夜問わずやりこみ(ひどいレベルでバランスが取れている名作である)、そのクールではちょっとした伝説を築きあげた。
それが終わった後、手持ち無沙汰になった私は「……もうそろそろ、いいんじゃないか?やっても」と心の声(か悪魔の囁き)に導かれるようにして、WiiU版ドラゴンクエスト10を手に取ることになったのであった。
そうしてあらたな仲間を得て、チームも作り、経験値稼ぎをしながら金策をする日々を送るようになった。幸い私はUOの昔から生産活動が得意で、そこそこのお金持ちになり、余裕ある暮らしを楽しみ、強いボスなどに挑む日々でだった。それはもちろん楽しかったが、ある種MMORPGではない楽しみをしていたようにも思う。v3の頃は周りのフレンドからは毎日(強くもないのに)レグとかに行く人と思われていただろう。
そう、私はモンハンのように(ひと狩り)ドラクエ10を遊んでいたのだ。
もっとこう、その世界観に溶け込むような一体感を感じるのがMMORPGではなかっただろうか。そう思っていた。
しかし私は、DQ10のストーリーや世界観については自分は、v4の前まではあまりはまれなかった。名作とされるv2もアンルシアのドラクエらしい、大上段の勇者姫としてのキャラ造形は良かったが、神に選定される勇者システムが好みでなく(おそらく某騎槍シリーズに傾倒していたからだろう)、神や邪神、世界観の全貌がまだ見えていないことから、ストーリーや世界観に没入することはなかった。
そんな私がv4のストーリーにはまった。今まで設定上でちょっとだけ匂わせられてきたオルセコ王国やウルベア帝国、エテーネ王国といった世界を旅することによって、私の中のしきい値を突破して『その世界に溶け込んでいった』ような気がしたのだ。
そして2019年3月。私はv4.5のストを終え、そのラストを堪能していた。それはまさしく驚天動地というべきもので、すこし悲しい余韻を漂わせつつ、終りを迎えた。
しかし、このままではうまく行かないのではないか、メレアーデたちの物語にはまだ続きがあるのではないか、ということを思うようになった。「メレアーデ達の今後」について私は考えるようになったのだ。
そのようにして、妄想を膨らませていったのだが、それは決して形になることはなかった。
プロットを立て『奇跡の代償は』というエヴァ由来のタイトルをつけ、こういうことがあるのではないか、ということを永久に考えていた。そのうちに、永久仲間だった新エヴァもさっくりと終わり、ドラクエ10もv5が始まっては終わってしまった。
3年がたった。2023年初め、私はこれまでにもぞもぞと書いていた計3万字程度の原稿を終わらせる願掛けをおこない、コミックマーケット102の申し込みを行ったのであった。そして、印刷所に約10万字のデータ入稿したのは8/9(水)朝8:00。デッドライン一時間前であった。
こうやって御大層に私が述べて出来上がった代物がどの程度のものだろうか。
もちろん、大したものではない。誰もがちょっと考えたであろうことでしかない。だが、ひとつ言えるのは私の確認した限りではこの世にはなかったものだ。
ドラクエは古くから色々な『解像度』があえて低くしているのが作風なように思う。皆の色々な想像が捗るようにと。そのようなところは、乗っからせてもらって、書いている。無粋にも、勝手に想像し、設定を作って書いている。新しい設定資料集がでたら泡として消えてしまう夢幻泡影の偽書。これは私のひとりよがりなドラクエ他にほかならない。
サークル名も「キアノスのドラクエ」とした。
何がいいたいか?
『なまものなので、お早めにお召し上がりください』
ということである。明日はその四角いなまものを会場に持っていく。3部も売れたら上出来だと思っているから見に来てくれよな!