「始めるか」
壮年のオーガが重い腰を上げた。おれの父だ。
数人のオーガが父の周りに集まる。
「この角笛を吹いてみろ」
俺に角笛を渡した。
「池の真ん中で吹けば良いんだよな」
「そうだ」
確認に父は頷く。ここはオーグリード大陸の山奥にある
うちの一族しか知らない小さな池だ。
「角笛を吹けば虹の咲く場所に住む妖精が現れる」
「誰も見た事は無いけどな」
父の後ろのオーガが付け加える。俺の従兄弟にあたる男だ。
「笛なんて吹けたこと無いけど…」
「関係無い。俺は色々楽器をかじったが吹けなかった」
魔法の楽器は奏者を自ら選ぶ。認められれば触った事の
無い者でも素晴らしい音を奏でるよくある話だ。
「儀式を始めよう!」
何百年も続くこの儀式の始りは初代クマヤンがきっかけだ。妖精の国に繋がる
迷いの森でこの角笛と妖精を連れ帰ったと言う。
それは手記にも書いてありそれ以降その妖精と冒険をしている事が手記に
度々名前が出てくる事からも分かる。しかし、武器を求める冒険を
引退してからは妖精の名が出る事は無くその後は分からない。
だが、一族に伝わる言い伝えで
「角笛をあの池の中心で吹けばアイツは現れる」
と言ったらしい。
初代クマヤンは一族の中で大成功を収めた者として
語り継がれてる。子孫達はその成功が妖精の加護だと
考える様になり妖精を求め角笛を吹き始めたそれが
長い歴史の中で儀式となった。
そして、父から酒場継ぐ機会に角笛を吹く儀式をする事になったが
虹の咲く場所に住む妖精が現れるとは思っていない。
儀式を成功させた者は過去に一度も居ない
あえて言うなら迷いの森で吹いた初代クマヤンだけだ。
池の中に入る水深は数センチ。鏡の様に夜空を映す綺麗な池だ。
アラハギーロに鏡の様に空を映す湖を小さくした感じだ。
「やってみるか」
池の中央に立ち妖精のホルンの吹口に唇を宛てて息を吹き込む。
自分が鳴らしたと思えない高く美しい音が響き渡る!
「音が鳴った!」
誰かが叫んだ。その瞬間、水面が光り水面に見た事の
無い光景が映った。
(虹の咲く場所!)
見た事無いはずなのに何故か確信した。
吹く事を忘れその光景に見惚れていると父を始め一族
全員が池に入り水面に映る光景に見惚れた。
「そうだ!妖精は!?」
1人のオーガが肝心な事を思い出し全員がハッとなった。
俺を含め全員が辺りを見回すと
「じゃじゃーん!」
頭上から状況には合わない少女と思われる声がした。
「いやーアストルティアに呼ばれるのは久しぶりだー」
俺達の頭上をクルクル飛び回る小さな物が言った。
「あなたがクマヤンね」
その小さな物を目で追ってるとその小さな物と目が会い
俺の目の前まで飛んで来てそう言った。
「いや…俺の名は…」
そう言いながらその小さな物を観察する。小さなサークレットと
桜色の小さな服。そして、背中から生えてると分かる透きとおった小さな羽。
手記に書いてある通りだ間違い無くこれは…
「虹の咲く場所に住む妖精!」
父が叫んだ。だが、妖精は周りの事を気にもせずに
「私を呼んだって事はあなたはクマヤンなのよ」
と当たり前でしょと言う感じで言った。
「えっえー…」
と言いながらも何故かすんなりと受け止めていた。
「これからよろしくねクマヤン!」
俺が受け止めたことが分かってるのかとびきりの笑顔で
小さな右手を出してきた。
「こちらこそよろしくマユミ」
手記に書かれてた名前を言いながら人差し指をマユミの
手に合わせ握手をした。
これから初代クマヤンの様にマユミと武器を求める冒険
が始まる!
…はずだった。
「行ってきまーす!」
「気をつけて行って来いよ」
マユミは酒場を飛んで出て行った。何処かで知り合った
あの2人とまた冒険に行くらしい。
「なんか違うよな…」
本当に現れるとは思って居なかったがあの手記を何度も
読み返してた俺は現れたとなると冒険に期待を膨らませて居たがマユミは
自由にアストルティアを飛び周り冒険を始めていた…。
「まあ、良いかぁ」
諦めた様に呟いた。父達は妖精の加護が来ると喜んで
いたが手記を読むと疑問に思う。彼女が妖精の力で
幸運な事をおこしたとか九死に一生を得たと言う話は
無いのだ。それを随分前に一族の誰かに言ったら初代
クマヤンが大成功収めた事が加護だと言った。確かに
そう解釈出来るだろう。さらに拡大解釈すれば現れた
時点で加護を得たとも考えられる。
「全く冒険に付き合ってくれないわけじゃ無いしな」
本当に加護があるかは分からない。でも、初代クマヤンの時代から変わった
アストルティアを思う存分満喫して貰いたいと冒険者の1人して思う。
「せっかく来たんだしな」