「それがベストだとは思うが、本当に一人で大丈夫か?」
「うん、問題ない。僕なら遠目もきくし」
レオナルドは弓と矢筒を背負いあげ、近隣との移動用に村で飼育しているカムシカを一頭一頭確認し、コンディションの良さそうな個体を選別する。
結局の所、カタギリとねこがみさんによる情報は、取り立てて急を要する、というほどのものではなかった。
ルシナ村から彼女らの足で半日ほどの距離、つまりは相当離れている平原で、普段と様子の違う魔物の群れを見かけたと。
「村長にはムジョウから伝えておいてもらえる?それと、姐さんには余計な心配かけたくないから、その辺よろしく」
「ああ、わかった」
真の太陽の戦士団は過日、あまりにも大きく、多くのものを失った。
しかし新しく芽吹こうとしているものもある。
村長のゼタとセレンは、今まさに新たな命を迎えるという大きな戦いを控えた大事な時期だ。
できるかぎり負担はかけたくない。
万一の場合、はるか離れた大都市から医者を拉致してきてもらう必要も出るかもしれない。
その際に、カタギリとねこがみさんの機動力は貴重。
件の場所に関しても、二人の話をこねくり回して見当は付いており、案内の必要は無い。
しかして、レオナルドが単独で斥候に向かうという結論に至った。
「たぶん、明日朝には戻れると思う」
カムシカにまたがると、レオナルドは村を飛び出した。
「なんとまぁ」
カムシカの足でも、たどり着く頃には結局日が暮れかけていた。
目印となる、カタギリとねこがみさんの昼寝岩に身を隠しながら窺う先には、丸々と肥えたプリズニャン、メタボプリズニャンとでも名付けようか、少なくとも通常の5倍はあろうかという贅肉の群れがたむろしている。
(一体何を…?)
プリズニャンは昼寝時を除けば、やはり基本は猫、比較的単独行動を好む魔物の筈だ。
ところが10体近くは確認できる。
そのうえ、かなり殺気立っている様子だ。
「!」
青と白のストライプの狭間に明らかに異なる色目、漆黒と赤い毛並が覗く。
(なんだあの魔物は?)
養父の元、戦団として各地を巡ったレオナルドだが、未だ目にした事の無い狼型の魔物が、メタボプリズニャンに取り囲まれているようだった。
恐らくは縄張りを荒らされ、メタボプリズニャンが排斥しようとしているのだろう。
顛末ははっきりした。
あとは村に戻り、ゼタとセレンに差支えない範囲で皆に諮り、しかるべき対応する。
それが、この場での正しい判断だ。
だが、目が合ってしまった。
そして、看過できないある事に気付いてしまった。
「くっそっ!」
岩を飛び越え、最短距離でメタボプリズニャンの塊に向かって突っ走る。
同時に、矢筒から取り出した矢を五月雨に放ち、メタボプリズニャンの足元をけん制した。
矢に怯んだ隙間を抜け、狼型の魔物とメタボプリズニャン達との間を陣取る。
(一体何やってる!自分は弓兵だぞ!?ここは最前線じゃないか!)
近づいてみて、あらためて背に守る魔物の大きさを実感する。
太陰の一族に与していた大狛犬。
彼らよりもさらに一回り大きい。
頭から背にかけて漆黒に濡れる毛並、手足は地獄の業火のように赤く、尻尾は火の粉を放ってすらいる。
(やっぱり…この魔物は…)
豊潤な毛並で分かりづらいが、ふっくらとしたお腹のライン。
この魔物は、身ごもっている。
足取りがややおぼつかなく、呼吸が酷く荒いのは、怪我のせいもあるだろうが、おそらく出産がかなり近いのだ。
加えて悪い事に、レオナルドたちの背後には、断崖絶壁がその口を大きく広げていた。
甲高い音を放って飛翔する鏑矢を立て続けに四方へ射てみるが、音にピクリと反応はするものの、メタボプリズニャンが標的を変える様子はない。
じりじりとレオナルドたちは崖の方へと押しやられていく。
無駄打ちを重ねた結果、矢筒にはもはや、養父直伝の双頭蛇を残すのみ。
これは一度番えれば相手の急所を的確に打ち抜く必中の矢。
しかし、この場面においては、明らかにレオナルドが背に守る魔物の方がイレギュラーだ。
メタボプリズニャン達の反応も当然。
彼らに非はない。
もし、この魔物が身重でなかったら。
もし、そのことに自分が気付かなかったなら。
もし、村に新しい命が生まれようとしている今この時でなかったなら。
もし、自分がルシナ村の村人でなく、ただの一介の冒険者であったなら。
無駄に回転のいい頭が、要らない思考を吐き散らかす。
それは、致命的な隙となった。
「…っ!!」
唯でさえ巨躯、その群れの中でもさらに一際大きな個体の回転突撃をその身にうけ、正体不明の魔物とともに、レオナルドは暗闇へと転落して行ったのだった。
続く