レオナルドは生暖かい何かで頬を擦られる感覚で目を覚ました。
気絶か昏睡か、いずれにせよロクなものではないが、休息の代わりにはなったようだ。
激しい痛みに倦怠感はあるものの、崖から落ちた割には、思いの外、体の自由がきく。
「お前は…」
頬の違和感の正体。
見覚えのある黒と赤の毛並の狼。
だがその大きさが、記憶とは大きく異なっていた。
こんな崖の下で、赤ん坊が無事に生まれたのだ。
レオナルドは崖の岩肌を支えに立ちあがると、ふらつきながらも子狼とともに母親のもとへと歩み寄り、その美しい毛並みをそっと撫でた。
狼の表情、その真意などレオナルドにはうかがい知れないが、達成感に満ちた安らかな笑みを浮かべながら、母狼は息絶えているように思えた。
少しでも、必死に守った我が子と過ごす事はできたのだろうか。
傷に由来するものではない胸の痛みを感じながら、母狼の亡骸に手を合わせると、レオナルドはあらためて天を仰ぐ。
今にも雨が降り出しそうな、曇天。
そこに突然、見慣れた顔が飛び出した。
「こ~んなとこに居やがった!やっと見つけたぞこの野郎!!」
「ムジョウ!?どうしてここに?」
「お前のカムシカだけ戻ってきてな。村じゃ大騒ぎってわけだ。ああ、そうそう安心しろ。お前のいない間に、子供は無事生まれた。セレン姐さんも元気だ」
レオナルドの表情から、自分の状況はさておき、ムジョウがこんなところにいて大丈夫なのか?という意図を察し、彼は軽く状況を説明した。
「ゼタの『パパでちゅよ~!』なんてセリフを聞きのがすとは、お前もホント損したな」
あのギザッ歯のどこにそんな甘い言葉が隠されていたのだろうか。
ムジョウの降ろしてくれた綱に子狼を結わえ、自身も掴まって引き上げてもらいながら、到底想像がつかない父親像に思いを走らせる。
さすがは身の丈を超えるほどの大剣を振り回すムジョウの強肩、深く思いふける余裕もなく、一人と一匹は奈落を抜け出した。
「なんだそいつは?見た事ねぇ魔物だな。連れてくのか?」
そこで初めて、ムジョウは子狼の存在に気付いたようだ。
「そうだなぁ…」
どうしたものだろうか、と悩むレオナルドの太腿に、子狼は自身のうなじを巻きつける勢いで擦り付ける。
「…って、すっかりお前に懐いてんじゃねぇか。ったく、仕方ないな。連れてくぞ。で、ほら、お前そのケガだ、ロクに動けねえだろ」
断る間も与えず、ムジョウはレオナルドを一瞬で米俵の如く右肩に担ぎ上げてしまった。
「なんとご無体な…」
「贅沢言うな。それともなにか?お姫だっこでもしてもらいてぇのかよ?」
「ノーサンキュー」
そんな贅沢は是が非でも言っていられない。
おとなしく従うレオナルドだった。
続く