ムジョウが乗ってきたカムシカは、平原の外れの木陰に待機している。
レオナルドを探すうち、随分とそこからは離れてしまっていた。
「ふむ、問題なさそうだな。こうして見ると、犬みてぇで可愛いもんだ」
レオナルドを追っているのだろう。
ちゃんと子狼が後をついてくるのを確認しながら、ムジョウはカムシカのもとへ移動を開始する。
その時、ムジョウの視界の片隅に、土煙とともに映り込むものがあった。
それは、青と白のストライプに包まれた球体の群れ。
「おいおいおいおい、何だよありゃあ!」
一目でわかる見慣れたプリズニャンとの相違。
レオナルドと母狼を襲ったメタボプリズニャンの軍団だった。
「どうにも彼ら、この子にご執心らしくてね」
子狼の種族の匂いを追っているのか、はたまた子狼に付着した母親の血の匂いにあてられたのか。
「マジか!?ちっくしょ~っ!!うぉぉぉ!!!」
ムジョウは雄叫びとともに走り出し、ぐんぐんと速度を上げるが、自慢の大剣に加えてレオナルドを担いでいるのだ、到底プリズニャンを上回る速度が出るはずもない。
最初は遠く離れていた縞模様が、どんどん大きくなってくる。
ムジョウは方向転換してみたり、追っ手の障害になるよう小川を飛び越えてみたりもするのだが、メタボプリズニャン軍団の勢いは一向に衰える気配がない。
(どうする?)
幸いにもこの姿勢、両手が空いている。
矢筒には『双頭蛇』がある。
殺生は避けたいが、この状況では他に打開の手があるだろうか。
ムジョウを守る為であれば、殺生はやむを得ない。
しかし、最大の問題は、アンフィスバエナに走っている深刻な亀裂だ。
今後も使い続けることはもちろん叶わないが、今矢を番えれば、養父の形見はその姿すら失ってしまう。
「おい!レオナルド!」
「?」
「ホントはっ、村戻ってから言おうと思ってたんだけどよ!これはやべぇ。切り抜けるの無理かもしんねぇ。だから先に言っとくっ!!」
舌をかみそうになりながらも、ムジョウは思いの丈をぶちまけた。
「お前な、何でもかんでも一人でやろうとしやがってさ!そりゃ俺は、危なっかしく見えるかもしんねぇけど、他の連中はそうじゃねえだろ。すげぇ奴らばっかりだよ!だからさ、もっとちゃんと、俺らを頼れよ!!」
「!」
『皆を、良く頼れ』
忘れていた養父の言葉が、ムジョウの言葉に重なった。
自分が支えなければ。
それだけに必死になりレオナルドに見えていなかったもの。
なんて、おこがましい考えをしていたのだろう。
「ふぅ…」
軽く息を吐き、意識を集中する。
この弓で放つ矢は、これが最後になるだろう。
養父の形見のアンフィスバエナだが、レオナルドにもう迷いは無かった。
「肆連双頭蛇(―ヤマタノオロチ―)!」
五月雨撃ちの要領で、手持ち四本の『双頭蛇』、その全てを解き放った。
四本それぞれが二つに分かれ、計八本の光刃はそれぞれにうねり、時には混ざり合うような複雑な軌道を描いて、標的に刺さるだけには飽き足らず、ちょうど二人と一匹が渡り終えた橋の橋脚を跡形も無く吹き飛ばした。
支えを失った橋の上には、大量のメタボプリズニャン。
当然の帰結として、橋諸共に落下したメタボプリズニャン達により盛大な水柱が上がる。
あの川は深い。
簡単には這い上がってこれないだろう。
「あぁぁ~っ!ちょっ、おま、橋落ちちまったじゃねぇか!どうすんだよ!」
「迂回路を考えて、一番害の無い橋を選んだつもり。これで連中は追ってこれない。ベストの手だろ?それに…」
「あん?」
「今度皆で仲良く修理しようじゃないか。…頼っていいんだろう?」
「お前、いい性格してんよ、ホント!はははっ!!」
レオナルドの手中、アンフィスバエナが砕けた音は、ムジョウの笑い声に隠れて風に散っていったのだった。
続く