崖下から救出されたあの日から、実にひと月は経っただろうか。
ルシナ村の入り口。
すっかり傷の癒えたレオナルドの姿がそこにはあった。
「お~、随分イメチェンしたじゃんか」
ムジョウに揶揄される通り、レオナルドの装束は随分と様変わりしていた。
これまでの装束は、その気になれば槍をふるえるように身軽さを重視していたが、新しい装束は、レオナルドがしばし旅に出ることと、今後のバトルスタイルを伝えた上で、ワッサンボンと、のと、ルシナ村の誇る服飾担当に新調してもらったものだ。
戦士団改めルシナのアイドル、ハルルのステージ衣装制作に明け暮れる合間に、仕上げてくれた。
ワッサンボンとのとは、バージャックとともに、ハルルのステージダンサーも務めている。
歌って踊れてさらに戦える衣装係は、アストルティア広しと言えどもそうは居るまい。
「これからは弓一本に絞ろうと思ってね」
片足を覆う腰履きはともかく、ショートマントがいるかどうかはレオナルドも疑問が残ったのだが…。
「そこはボク、譲れんよ?」
「うん、間違いないね」
優雅な風にたなびく衣装は、ワッサンボンとのとにとって、とにかく『旅人といえば』の絶対的な符丁であり、どうしても外せないロマン要素らしい。
そしてなによりも、今回の装束で目を引くものがある。
「その手袋、いいな」
「ああ」
2人が一番こだわりを持って仕上げてくれた左の手袋。
眼が冴えるような赤い色は、手持ちのありとあらゆる染色素材を調合し、徹夜を下味に失敗と試行錯誤をミルフィーユ状に重ねたのちに完成した、子狼とまったくお揃いの色だった。
しかし素手よりも手袋をつけての撫で要求が来るようになってしまったのは、レオナルドにとって哀しい所であったりもする。
「しかしお節介だよなぁ、お前も」
「乗りかかった冒険(クエスト)ってやつだよ。僕たちはほら、ルシナの村人である前に、冒険者だろ」
「へへっ、違いねぇ」
これからレオナルドは、子狼の家族を探す旅に出る。
今でこそお腹を差し出し、撫でられるがままに猫撫で声を出しているが、この子狼が今後どのように成長するのか、何しろ手がかりもなく未知数な魔物。
であれば仲間の群れを探し、野に返せないものか。
魔物であれ、袖振りあった縁である。
無為にすることは、ルシナの村人の選択肢にはなかった。
そして、見送りはもう一人。
彼はその背に白く大きな包みを背負っていた。
「餞別だ。持ってけ」
父親になっても人前では相変わらず口数少ないゼタに、ずいっと差し出された荷をほどく。
「こ、これは…」
鮮やかな緑に、鮮血のような赤のライン。失った養父の形見の面影が、その弓にはあった。
「修復は不可能だった。が、使える部分は飾りとして活用して、できる限り面影を残してみた。名付けて、『アンフィスバエナ改』だ」
「ありがとう、村長」
ゼタは気恥ずかしげに、ん、と短く返事をして、これは要らんだろ?と、レオナルドが背負っていた、間に合せの木弓をむしりとる。
そしてそのまま踵を返し、自宅の方へと歩みを向けた。
これから、生まれたばかりの子供をほったらかして工房にこもり、弓を彫った罪を妻へ詫びに行くのだ。
まあ、仲間を思っての行動に、セレン姐さんが目くじらを立てることはないのだが、そこで罰を受け無い事を選べるほど、ゼタは器用ではないのだった。
「帰ってくるんだよな?」
「ああ、もちろん。ムジョウは危なっかしいからね」
「ちっ、勝手に言ってろ!お互い様だ」
すっかり体に馴染んだいつものやり取りに背を向けて、レオナルドはガルムを連れて歩き出す。
空は蒼天。
迷いの晴れたレオナルドの心のように、どこまでも澄んでいた。
群れを探す道すがら、すっかりレオナルドに懐いてしまった子狼は、危険性がないとのお墨付きを得て、結局101人(匹?)目のルシナ村の住人になるのだが、それはまた、別のクエストのお話。
~Fin~