舞台は変り、ドルワーム水晶宮。
「ダンさん、良い知らせと悪い知らせがあります」
ドルワーム王国の誇る学術研究機関、王立研究所の院長たるドワーフ、ドゥラは、不遜にも院長の座るべきイスに腰掛け、テーブルに両足を載せ仮眠をとっていたオーガに話しかけた。
「…どのみちどちらも聞かされるんだ。もったいぶるんじゃねぇ」
ダンは明かりを避けるために顔に載せていた帽子をずらし、依頼主に先を促す。
「先日逃走した件のウルベア魔神兵ですが、その足取りをようやくトレースできました」
「ほぉ。確か、バシルーラ系統の魔法効果で、追跡は困難なんじゃなかったか?」
ダンの目の前から、魔法の輝きとともに飛び去った漆黒の巨躯。あの時の独特の光の粉塵をダンは思い出していた。
「ええ。ですが、僕の頭脳に不可能はありません。おっと、いかんですね」
ついつい差し込んでしまった自惚れを自重しつつ、ドゥラは続ける。
「ドワチャッカを去った後、ウェナ諸島、キュララナビーチのあたりに落下した模様です」
「ふむ。となると」
「ええ、ご推察の通り。…悪い知らせの方ですが、さきほど通信にて、ヴェリナードより緊急連絡が入りました。現在、ウルベア魔神兵をベースとしていると思われる兵器により攻撃を受けていると」
「そいつはやべェ。すぐに向かわないとな。だがその前に。…ドゥラ院長よ。そろそろ、隠し事は無しでいこうや」
ダンはテンガロンハットを傾け、意識して角の立った目線をドゥラへと向ける。
「事ここに至っては仕方ありません。…皆、少し席を外してくれ」
ここは王立研究所の院長室。
同室内で事務処理を行っていた2人も、王立研究所の中枢を担う人物であるはずだが、それでもドゥラは人払いを行った。
「これからお話しすることは、特A級の秘匿事項です。他言は無用でお願いしたい」
「そこは、冒険者としての俺のキャリアで信用してもらいたいね」
ダンの瞳を見つめると、少し長くなりますが、と前置きしドゥラはここに至る顛末を語り出す。
「フィズルという男が王立研究所にやってきたのは、13年前の事になります。彼は古代ウルベア地下帝国において行われていたという時間超越の技術、それに関わる古代遺産の発掘への協力を仰ぐ為、我々の門を叩いた」
「時間超越…?」
聞きなれない言葉にダンが訝しむ。
「私も門外漢なのですが、自由に過去と未来を行き来する。そんな技術です」
「ははん?そんなうさん臭い話に、堅実なおたくらが乗っかる様にはとても思えないがなぁ」
「そうですね…。しかし彼の持ち込んだ独自の歴史資料や発掘物、そして何より…」
「…?」
「当時の院長が、何よりも彼の気迫に圧されたそうです。先代にも私にも、終ぞ話してくれることはありませんでしたが、よほどの事があったのでしょう。過去に戻ってやり直したいだけの、何かが」
「良くわからねぇがなぁ。仮にそいつが、過去に戻って好き放題したら、今の俺達はどうなる?」
「見当もつきません。だからこそ、秘匿扱いだったのです。見つからなければそれでよし、もし見つかった場合は、ごく一部のメンバーで技術検証を行った後、厳重に封印する。そういう算段でした。彼には申し訳ないですが…」
「当然、使わせねぇって所は伏せて、か。まあ、奴さんも盗み出したって以上は、分かってたんだろうがなァ。そういう騙し合いは、どうにも苦手だねぇ。で、アレが出てきたってわけか?」
学はなくとも、古代文明にまつわるものであろうことは、相対すれば肌で感じた。
「そうです」
続く