「…流石だ、マージン」
フィズルは自身の身に迫る爆炎を、心の底から美しいと思った。腰部のマウントには、緊急脱出用のバシッ娘システムがまだ一回分残されている。ドワチャッカ大陸からの脱出に用いたものだ。フィズルはそのスイッチに手を伸ばし…しばしの思案の後、指を戻した。
(ハクトだって生まれないじゃねぇか!!)
先のマージンの言葉が、フィズルの胸に去来する。
「…あのクソ生意気な可愛げの無いガキが、今や父親か…」
自分が過去に囚われることで手に入れた漆黒の化物を、マージンが前に進み掴んだ光が覆い尽くしていく。バシッ娘システムを使用する以外、この状況からの脱出は不可能。しかし既に罪を犯した身、このままこの炎に焼かれるのも悪くない。フィズルは全てを投げ出し、コクピットの中でそっと目を閉じる。しかしそれでもなお、今を、未来を諦めない男がいた。
「最後の仕上げ、頼むぞっ、マクレーン!」
マージンの掛け声とともに、マクレーンは両手に握った鉄壁の盾を地面へ突き立てると、飛びあがったのち爆発四散し、パーツの状態のまま未だ連鎖爆発を続けるハッピーバースデイキャノンの閃光と爆風の中へ突っ込んでいく。
そうしている間にもどんどんと拡大し、輝きを増していく爆炎の光球。マクレーンの残した鉄壁の大盾に身を隠すマージンもまた、そのまばゆい光に包まれていくのだった。
その日、ヴェリナードのとある住民は、その爆炎を街中に太陽が現れたと形容した。フィズル・ガーZを完膚なきまでに破壊したハッピーバースデイキャノン。その爆炎が収まった中心に、姿を結んだマクレーンの姿があった。
そこへフツキに肩を借りながら、全身にやけどを負ったマージンが近づいていく。その様子を、フツキとともにやってきたのだろう、少し離れた柱の陰からユナティを筆頭に魔法戦士団のメンバーが固唾をのんで見守っている。
「怪我はないか、アニキ」
ガシャッと開いたマクレーンのフェイスガード越しに、マージンの姿が見える。自身の身をさておき、こちらの事を気遣うボロボロのマージンに戸惑うフィズル。
「悪いけど、このままアニキのことは魔法戦士団に引き渡す」
さまよう耐爆スーツのマクレーンに取り込まれたことで、フィズルは爆炎の中心に居たにもかかわらず、無傷の状態だった。と同時に、マクレーンが再度結合を解かない限りは、囚われの身である。
「どうだった?オレの爆弾」
「…」
状況を飲み込めず、無言のままのフィズルにマージンは続ける。
「フツキから聞いたよ。俺とフツキを除いて、アニキの爆弾で怪我をした住民はゼロ。まあ、逃げる途中で転んだとかは、ノーカンだけど」
「おいマージン。俺はお前の爆弾で…モガっ!?」
マージンはポケットから取り出した手榴弾(もちろんピンは付けてある)で、何食わぬ顔で責任転嫁した彼を責めるフツキの口をふさいだ。
「渡し場でアニキが使った爆弾。あれはホントにやべぇ代物だ。怪我人が出ないなんてどう考えても有り得ない。前もっての犯行予告であらかじめ対応できるよう警戒させておいて、さらに起爆前にフィズル・ガーZで渡し場で暴れて、人払いしたんだろ?」
「…」
「オレと戦ってるときもそうだ。アニキはけして、致死性の爆弾は使わなかった。それこそ、装甲の堅さにモノを言わせて、渡し場同様に吹き飛ばされてたら、結果は違ってただろうよ」
ヴェリナードに攻撃を仕掛ける超兵器のコクピットに、フィズルが収まっていたことには驚いた。しかし戦いの最中で、マージンは懐かしいアニキの姿を、彼が抱いていた理想が完全に死んでいないことを感じていた。
「サンドストームは失われちまったけど、生き残ったオレ達には、まだ残ってるものや、これから作っていけるものがあるじゃないか。技術で争いを無くすんだろ?いつまでも、アニキの研究の成果を、待ってるよ」
「マージン…お前…」
「そん時はまず最初に、オレの爆弾ともう一回勝負だけどな」
「…そりゃあ、時間がかかりそうだなぁ」
とても穏やかなフィズルの声。
「そろそろいいですか?貴方の怪我の治療もしなくては」
沈黙が訪れた事を察したユナティが、マージンに切出す。無言でうなずくと、プッとフツキの口から吐き出された手榴弾を回収して、魔法戦士団の用意した担架に横になるマージン。ようやく、片が付いた。怪我の痛みと疲労から、そのままマージンは静かに眠りについたのだった。
マージンの横たわる担架と並走するように、フィズルを取り込んだままのマクレーンもユナティに連れられていく。
時間がかかるのは自身の罪の償いか、それともあの日マージンに話した夢の完成の訪れか。フィズルの頬を伝う大粒の涙を、マクレーンだけが知っていた。
続く