遡る事およそ500年前のさらにほんの少し前。
真の太陽と太陰の一族との戦争において、多大な問題となっていたのが遺物の扱いだった。
太陰の一族の首魁イシュラース。彼はその身にまとった自身の魔力による次元の爪痕<三日月の深淵(アビスモ・デ・クレシエンテ)>より伝説上の魔王や魔神を召喚し、その力を己がものとして使役した。対して真の太陽の頭領シャクラは当時伝説の職業であった天地雷鳴士のスキル幻魔召喚にてこれに対抗した。
シャクラにより呼び出された幻魔はその名の通り、精霊の上位存在にあたり、実体を持たない。幻魔の中には剣による攻撃を得意とする者もいるが、それに関しても召喚主の魔力により一時的に像を結んだ、あくまでも“幻”に過ぎないのだ。
ところがイシュラースの技はというと全くその性質が異なる。次元の裂け目を通して伝承の存在をこの世界に引き摺り出し、攻撃に転用しているのだ。それは当然実体を伴っている。
そこで起こる大きな問題。イシュラースとシャクラが衝突を起こす度、切断された魔王や魔人の爪、角など種々様々な異形の一部が、戦場に散乱することとなってしまった。
真の太陽は都度、それらを回収し、可能であれば滅却、不可能な場合は厳重に封印、保管を行った。全ての遺物は、回収されたと思われていた。
ただ唯一、イシュラースとシャクラの最終決戦。大規模な崩落を起こすほどの大きな戦いにおいて、過去最大数、危険度も極めて高い遺物が散乱したと思われるが、その回収は遅々として進んでいなかった。
そんな中、プクランド大陸パルカラス王国近隣において、未確認の魔物により街道を通る馬車、旅人が次々襲撃される事件が起こり、わずかに生き残ったプクリポが口々にささやいたのが…。
―巨大な腕に襲われた―
という事。マドハンド系の異形種かとも思われたが、確認したのがプクリポだという事を差し置いても、とてつもなく大きく、また、無機物が命を得た類のモンスターと異なり、明らかに爬虫類系の特徴を持つ薄暗い青色の鱗に包まれ、その3本の指先には鮮血のような赤い爪を生やしていたらしい。そして、地面から生え出でているわけではなく、その断面からは生々しい血が滴り、おぞましい異臭とともに、ゴポゴポと泡立ち猛毒を周囲に伴っていたという。
ルシナ村の面々、つまりは真の太陽の戦士団員は、もとより冒険者や傭兵業など、個人の活動を中心としてきた者が多い。それゆえウェナ諸島に限らず、ほぼすべてのメンバーが、大体の大陸に関して土地勘を持ちあわせている。なかでも踊り子として過去、各大陸を巡業し、今もなおバックダンサーとして地方隅々まで巡るワッサンボンの見識、人脈は群を抜いており、各地に情報収集の根を張っていた。それに引っかかったのが先の情報である。
件の“巨腕”に関し、真の太陽の面々は思う所があった。長らく続いた戦争の中で、イシュラースが召喚した神話級の存在のうちの一体と、得られた情報は一致する。
際立ってよろしくない状況の中、ワッサンボンが先遣として訪れたパルカラス王国にて、偶然にも旅の途中のレオナルドと再会できたのは実に行幸であったと言えた。
「破壊神シドー、だったかな?」
挨拶もそこそこに、状況の打開のために手を組んだ2人。今は件の街道を走る馬車の上だ。馬車の積荷はたっぷりの生肉。よだれを垂らすガルムを宥めながら、レオナルドは回想する。シドーは左右2本ずつ、4本の腕を持っていた。そのうちの2本を振り下ろしただけで、現在のルシナ村近郊の高台が容易く消滅した。『プレートデストラクション』。ただ振り下ろすだけ、という行為がもたらした恐ろしい破壊の爪痕を思うと、今でも背筋に冷たい物が走る。
「そうそう、それだよレオナルド。ボクもそうじゃないかと睨んでいる」
「シャクラは最後の戦いで、腕丸ごと切り落としたのかな。頭領らしい、豪快なやり口だけども…」
「「勘弁してほしいよな」」
地面を突き破り禍々しい赤い爪が飛び出したのは、2人の会話が重なった瞬間、まさにその時だった。
頭もないのにどうやって周りを把握しているのか。容易く投げ捨てられた矢を憎々しく見つめるレオナルド。ジャンピングタイフーン横薙ぎから体勢を整えたワッサンボンも、地面をえぐるだけでなく、表皮に傷の一つも残せるであろうと思っていたのだが、全くの無傷な様子を驚きの目で見つめる。
「これは明らかに…」
「火力が足りない」
幸い、こうして定期的にエサを与えてとどまる理由を用意すれば、他に危険は及ばないようにも思える。シドーアームが馬車の肉に気付き、文字通り掌から呑み込むように貪っている間に、打開策を練る為、パルカラス王国へと踵を返す2人と一匹であった。
続く