「これはまさか、いや、門外不出のはず…一体どうして…」
楽譜をひったくる様につかみ、顔を張りつける勢いで五線譜に目を走らせるフォステイル。
「さすがはフォステイル。気付いたようだね」
「やはりそうか」
一人話に置いて行かれるレオナルド。芸術に身を置く者同士の立ち入れない会話にほんの少し、ジェラシーに似たものを感じる。
「この曲は、『恵みの歌』だね」
「そうだよ、フォステイル。たまたま、一度だけ耳にする機会があってね。ボクが個人なりの解釈とアレンジを加えて、リュートで演奏できるようにしたものだ。名付けて、『恵みのメロディ』。…まんまだけれどね。もちろん、オリジナルは曲ではなく歌だし、ヴェリナード王族の女性が歌わなければ意味がない。だから、ボクのリュートでは全く効果が無かった。だけど…」
「私のリュートなら、多少なりとも封印にあたっての下支えになると?これは随分と過大評価を頂いたものだね。だが、面白い。やってみせようじゃないか」
「あの~、それで俺はどうすれば?」
「レオナルドは…そうだね…封印の陣を引いたら、外周からガルムとともにシドーアームが逃げ出さないように、迎撃をしてほしい。それと…ボクに何があっても、持ち場を離れず、役割を徹底することを、お願いする」
何処か含みを持ったお願い事。レオナルドの目に、ワッサンボンの表情はいつになく緊張しているように見えた。封印の陣形は、シドーアームを取り囲むようにレオナルドが矢を地に穿ち、そこを『封印の玉ねぎ布』で結んで完成する。陣の中に閉じ込めたら、あとはフォステイルの演奏でシドーアームを弱らせ、さらに『封印の玉ねぎ布』で雁字搦めに縛り上げて封印。ワッサンボンは頑なに、その間自身が何をするつもりなのか、レオナルドに語る事は無かった。
そこはかとない不安を感じるレオナルドを余所に、その後も淡々と段取が詰められ、作戦は決行の時を迎えるのであった。
シドーアームが再び、生肉を積んだ馬車という簡単な手に引っかかってくれたことは大変行幸だったといえる。相変わらず理屈が分からないが、掌で肉を貪るシドーアームを刺激せぬよう、かなりの距離をとる形で、ぐるりと周囲に矢を打ち込むレオナルド。20本ほどは打ち込んだだろうか。
「よし、始めよう」
フォステイルが魔力を『封印の玉ねぎ布』に込めると、布は帯状になり、蛇のように鎌首をもたげた。そのまま腕を振り、布を操作するフォステイル。シャッと帯は勢いよく一番近場の矢に向かい、そこから隣の矢へ、そのまた隣へと、その身を這わしていく。やがてシドーアームを取り囲むように大きな輪が完成した。
「よし。ボクのステージが、仕上がったね」
「ワッサンボン!?」
突然立ち上がり駆け出すワッサンボンを思わず引き留めようとしたレオナルドを、フォステイルがその腕を掴み制止する。
「お願いされただろう、レオナルド」
「しかし…」
ワッサンボンは一体何をしようというのか。あらためて引き留めたい気持ちと、フォステイルの言う様に、ワッサンボンの言葉に応えたい気持ちが、ないまぜになる。葛藤のうちにワッサンボンは陣へと辿り着き、しなやかな身のこなしでそのまま中へと飛び込んでしまう。
「さぁさぁ!邪教の神もご照覧あれ!ルシナの踊り子ワッサンボン、一世一代の大舞台!!」
ワッサンボンの高らかな声に、シドーアームが反応し、さながら振り返る様にその爪を向ける。
「さぁレオナルド。ここからが本番だ」
瞳を閉じ、リュートを構えるフォステイル。もうこうなっては、ワッサンボンを信じ、腹をくくるしかない。
「ガルム、行くぞ!」
付き従う魔狼に号令を飛ばし、自身も弓を番えると、シドーアームと至近距離のワッサンボンをせめて全力で援護するべく、駆け出すレオナルドであった。
続く