「すぅ~、ふぅ…ん、んんん…よし」
先ほど、威勢よく啖呵を切ったワッサンボン。シドーアームはこちらの様子を窺っているのか、すぐには襲い掛かってくる様子はない。有り難い事だ。深呼吸して、のどの調子を今一度整える。やりきれるだろうかという不安は、どうしても拭い切れない。だがしかし、これは自分にしかできない事。
やがてフォステイルの奏でるリュートの音色が響き始める。途端、ブルブルと震え始めるシドーアーム。効いている。流石はフォステイルだ。作戦の第一段階はクリアしたことを確認し、ワッサンボンはすっと胸のつかえが下りた気がした。静かに自身も歌声を解き放つ。同時に、対の扇を開き、歌に軽やかな踊りを加えていく。
(素晴らしい…瞳を閉じていても、美しい君の舞を感じるよ、ワッサンボン。神速シャンソンから始まり、ロイヤルステップを交えて…お次はつるぎの舞かい?…まさに清流のようじゃないか)
瞳は閉じていても、力強く地を叩くステップの響き、扇が風を切る音色、そしてワッサンボンの歌声。全てが雄弁にワッサンボンの一連の華麗な動きをフォステイルに語りかけてきた。
踊り子の歌と踊りには、様々な効果がある。時には見方を鼓舞しその力を強め、またある時は敵の戦意をそぎ落とし、はては攻撃を通りやすくもする。
シドーアーム封印においてのワッサンボンが自らに課した役割。それは、フォステイルが『恵みのメロディ』を演奏し終えるまで、自身が囮になり、シドーアームを引き付けるという事だった。もちろん、自身の歌と踊りにて、シドーアームをわずかでも弱体化し、封印をより確実なものにすることも兼ねている。フォステイルは演奏を託された時点で気付いていたようだが、あらかじめ告げていたら、レオナルドにはきっと止められていただろう。自らが囮になると言い出したに違いない。彼はそういう優しい男だ。だからこそ、自分がやらねば。ワッサンボンは決意を新たに舞を続ける。
ビーナスステップからふういんのダンスを経て、時にはピンクタイフーンなどで鱗に弾かれるまでも攻撃も加えつつ、会心まいしんラップで陣の外のレオナルドとガルムを鼓舞する。
(別々の踊りと歌が一つにつながって…なんてハーモニーだ…これが君の全力の演技なんだね…素晴らしい…烏滸がましくも私が名付けるならば…さながら『アラハバキの舞』といった所か…これは負けていられないな)
ワッサンボンの舞にのせられる様に、一段とフォステイルの演奏もその輝きを増していく。
シドーアームはのたうつ様に暴れまわり、その掌が幾度となく地を叩き、大地にヒビを入れる。肉体の負荷を考えつつ、無理のない繋ぎで踊りと踊りを組み合わせ、なおかつ、どんどんと不安定になっていく足場に合わせた足運びも要求される。時間が経つにつれ、ワッサンボンの負担は加速度的に増していった。だが情勢が厳しくなるのはシドーアームも同じこと。最初こそワッサンボンを狙っていたものの、次第に陣の外へ逃げるような動きを見せ始める。
「させるか!!」
都度、レオナルドの放つ鋭い矢がシドーアームを陣の内へ押し返す。ガルムもまた、ワッサンボンの歌により普段以上の力を発揮している。全身から炎のような赤いオーラが立ち上り、ひときわ大きい遠吠えとともに、ガルムの身から放たれた三つの幻影が、さながら地獄の番犬、ケルベロスのようにシドーアームに喰いかかっていく。
『恵みのメロディ』がいよいよ佳境が近づいていることは、シドーアームの抵抗の激しさからレオナルドにも窺い知れた。
と、その時。ワッサンボンの肉体が一足早く限界を迎えた。縺れる足、もはや瓦礫の山と言っても差支えない荒れた大地に膝をつくワッサンボン。
「ギィィィィィィ!!!」
瞳の無い身で一体どのようにワッサンボンの限界を捉え、口もないのに雄叫びはどこから漏らしているのか。耳を劈く鳴き声とともに、ググッと力を溜めたシドーアームが、次の瞬間矢の如く、『恵みのメロディ』を奏でるフォステイルへ飛びかかった。
続く