グレン城下町。無事、天から降ってきた少年を受け止めたものの、セ~クスィ~は困惑の極みだった。
「とにかく、傷の具合を…」
無礼を承知で衣服を捲ると、無残な衣服の状態からの想像に反し、赤黒い打撲の跡が上半身にバツの字を描いているものの、出血の様子はない。呼吸も安定しているようだ。急いで酒場へ駆け込んだものの、生憎とその場に僧侶は不在だった。そうなれば、とにもかくにも、この子を休ませなければ。先方への無礼は承知で、グレン住宅地へと走る。その後ろを、お節介にも一部始終を見ていた木工職人、ビゴルが置き去りにされた木彫りの熊を担いで追いかけた。
富裕層向けに住宅街に新たに設立された、マイタウン区画のひとつ。そこは敷地内に3軒もの住まいを立てることが可能で、プライベートビーチに里山までついてくる。その購入にあたっては土地代だけで2億ゴールドという途方もない金額を必要とするが、これまでの仕事の報酬に加え、海底離宮の戦いでヴェリナードから支払われた莫大な報酬、そしてマージンの、魔法建築工房「OZ」大棟梁ロマンとの個人的なコネの三つ巴の化学反応により、マージン一家のものとなった。もとより生活の拠点であり、今も本宅とする家屋は雪原地区の住宅街にあり、いわばマージン一家の別荘とも呼べるマージンタウンの敷地内には、1番地に建てられたマージンの爆弾工房、3番地の爆弾に転用できそうな植物学と薬学の研究施設に加え、今セ~クスィ~が目指している2番地にはゲストハウスが建立されている。
並み居る大砲に取り囲まれた物々しい庭先であるが、敵に対する備えの充実したなんと素晴らしい拠点だろうか、と感心しながらセ~クスィ~は駆け抜ける。
「唐突にすまない、ティード!ベッドを借りれるだろうか!?」
バァァンと大きな音を立てて扉が開く。失礼は承知ながらも、いささか激しく扉を開けてしまったと反省するセ~クスィ~。しかし緊急事態故、お目こぼし願おう。
「あ、いらっしゃ、えええ?」
ティードにとっても待ちに待った友人セ~クスィ~の来訪。しかしそこはやはりヒーローのさがと言うべきか、穏やかなものとはならなかった。
「あ、あちらの方に…」
戸惑いながらも2階奥の客間の方を指示するティード。
「ありがとう!」
セ~クスィ~はさながら、グランゼドーラの舞台を飾る歌劇の女優を思わせる清々しい声で礼を告げる。そして観葉植物に囲まれた主導線を抜け、突き当りに飾られている海底離宮で共に戦った仲間の肖像画に律儀に一礼をかわすと、階段を上りそのまま来客用の寝室へ消えた。
抱えていたあの子は一体?セ~クスィ~の姿を目線で追いながら戸惑うティードを畳み掛けるように、ごうけつぐまの置き物を担いだビゴルが息を切らしながら現れる。
「奥さん、これはどちらに?」
「はぇ?」
「先ほどの女性からの贈り物ですよ。いやぁ、これは私の力作でね。毎年沢山彫ってますが、これは特に出来が良いんですよ。はっはっはっ!」
見知らぬオーガの男性が抱えるごうけつぐまの置き物。その口に咥えられた木彫りのとつげきうおの目とティードの目が合う。
「えっと…じゃあ1番地のマーちゃんの工房の方にでも…」
「合点承知!」
「あ、ありがと…う?」
悪気は無いのだとわかっていても、笑顔が引き攣るのを隠せなかったティードにとって、セ~クスィ~が意識不明の少年をお姫様だっこしてやってきた事は僥倖だった。おかげで贈り物に思わず苦笑いしたことをごまかせたのだから。なお、セ~クスィ~からのマージン家への贈り物は、ティードがすっかりそのままマージンの工房に運び込んだことを忘れてしまったことにより、爆弾仕掛けの木彫りごうけつぐまへと生まれ変わるのだが、それはまた別のお話。
こうして、セ~クスィ~初めての友人宅訪問、初日の夜が慌ただしく幕を開けたのだった。
続く