「あら~?」
マージンタウンの専属コンシェルジュ、オーガ女性のフライナは、コンシェルジュのたしなみとして一通りの回復呪文をマスターしていた。これ幸いと、セ~クスィ~の連れて来た少年の治療をお願いしてみたのだが、一通り少年の様子を確認したフライナは小首をかしげる。メイド服に程よいアクセントとなっている軽いウェーブのかかった長い黒髪が揺れた。
「どうしたの?」
マージンタウンが完成してからずっと専属であり、フライナとティードの付き合いは既に短くは無い。しかし彼女がこのような歯切れの悪い様子を見せた事は、未だティードの記憶になかった。
「それが…回復呪文が拒まれているような」
先ほどまずは試しにベホイミを唱えたフライナであったが、まるでマホカンタの壁にぶつかったかのような感触があり、少年の体に効果のほどは見受けられなかった。
「ふむ?」
まくら側で腕を組み少年を見下ろしているセ~クスィ~もまた、衣服の状態と少年の傷の具合に違和感を感じていた。
「リべホイムのような効果が既にかかっているのではないか?」
「そうですね、その様子ではあるのですが。既に別の回復呪文がかかっているとしても、重ねがけた呪文が阻まれるなどという話は、聞いたことがございません」
「それは確かにそうね」
呪文も無限に唱えられるわけではない。マージンと同じくサンドストームに所属していた頃、回復担当の部隊員が3人がかりで軽度の回復呪文を一人の怪我人に重ね、効果を増幅することで、一人でも多くの治療を行えるよう工夫していたことを思い出す。
「この感じ…まるでマシン系の魔物の自己回復機能のような…」
一部のマシン系魔物は、自己の体を修復する為の極微小サイズのマシン系魔物を体内に内包しており、戦闘中も随時ダメージを回復させる事があると聞く。フライナは過去同僚から聞いたよもやま話を思い出しつつも、目の前の少年は明らかに機械ではなくエルフであり、間の抜けた自分の考えを振り払った。そっと少年の手を取り、負荷のかからない範疇で動かして関節の具合を確かめ、また、聴診器を胸にあてて呼吸や心臓の鼓動を確認していく。
「回復呪文の事は気になりますが…とにかく、少年の容体は安定しています。出血もないようですし、このまま休ませてあげるのがよいかと」
「わかったわ。ありがとう、フライナ」
「いえいえ、これも仕事のうちですので」
フライナは営業ではない柔和な笑顔でティードに返すと、治療のために広げた器具を整え、革張りの鞄にしまっていく。
「本日はもう遅い時間ですから、明日になりましたら私の方で、グレン城に出向き少年の身元照会をして参りましょう」
「それは助かる」
「早く、ご両親のもとへお帰しできると良いのですけれど」
「そうね」
「うむ、そうだな」
安らかな寝息を立てるエルフの少年を、3人のオーガ女性が優しいまなざしで見つめる。
「ところで奥様。こちらの少年のお世話は私の方で承りますので、折角お時間をかけてご用意されたお料理がございますもの、お客様に召し上がっていただきましょう」
「あら、そうね、すっかり忘れていたわ。もうこんな時間。ハクトも呼んでこなくっちゃ」
ばたばたと慌ただしく部屋を出ていくティード。
「うふふ。さて、セ~クスィ~様。紆余曲折ございましたが、本日はようこそいらっしゃいました。隣室で宴の準備が整っておりますよ。この子の事を解決するにも、まずは腹ごしらえが肝心です」
「ああ、そうだな…。ご相伴に預かろう。すまない少年、それではまた、な」
最後に少年の頬に触れ、セ~クスィ~もティードの後に続き部屋をあとにしたのだった。
続く