少々夜更かしをしてしまったセ~クスィ~であったが、そこはいつもの習慣か、お酒の影響もあったものの、まだ空を星が占める頃合いに目を覚ます。
これまで他人に見られぬよう隠し通しているが、実は相当なクセ毛の持ち主であるセ~クスィ~。さながらアフロヘアーのプクリポの如く膨れ上がった頭を抱えて、一番地に建てられたマージンの爆弾工房へと向かう。
「お風呂に入る時はこれを使ってね」
昨晩の食事の後、そう告げるティードから渡された物は、何度見返しても明らかに手榴弾のように見える。ご丁寧に必ず不用意にピンを抜かない様に言われた所からしても、セ~クスィ~の想像に間違いはないのだろう。
マージンの爆弾工房入口の右脇には、野外風呂に続く小道がある。目の冴える香りを放つヒノキの浴槽には、真横にしつらえられた投石器にも見える大きな汲み上げ機によって、新鮮な水がなみなみと貯えられていた。
「ええと…確かこうするんだったな?」
浴槽のもとにしゃがみこみ、ティード曰く、あくまでも『湯沸かし玉』の安全ピンを抜き、浴槽の下の空間に転がすように投入する。
しばらくの後、ボンッという爆発音とともに、浴槽にはられた水はお湯へと変わり、豊かな湯気を出し始める。熱気によって一際香り立つヒノキの芳香を吸い込みながら、セ~クスィ~は、湯桶でしっかりと汗を流し、クセ毛をほぐしたのち、肩までとっぷりと湯に浸かった。肌に噛付くくらいのかなり熱めのお湯が心地よい。
「ふぅ~~~」
長く息を吐きながら、組んだ掌と足を突っ張るほどに伸ばしたのち、そのままだらりと弛緩させる。オーガの中でも長身であるセ~クスィ~が足を延ばしてなお余裕があるほどに、湯船はしっかりと大きい。元来時間短縮も兼ねてのシャワー派であったが、こうしてみるとしっかりとお風呂に入るのも良い物だ。幸い、海底離宮の折の報酬はまだたくさん残っている。基地の何ヵ所か、プライベートスペースのシャワールームを改築してもいいかもしれない。セ~クスィ~がそんな事を実にのんびりと考えているうちに、うっすら空が白みだす。
「良い朝だな」
浴槽から立ち上がり、浴びるように朝日を眺めると、保護した少年の様子を見に行くべく体を拭き、身支度を整えるセ~クスィ~だった。
窓から差す朝の光に、ゆっくりとまぶたを開く。少年の目に飛び込んだのは見慣れぬ天井と、そして、炎の様な赤い髪の女性の姿だった。
「目を覚ましたか、少年。指は何本に見える?」
テンプレートな意識の確認を促すセ~クスィ~。その指はもちろんというべきか、元気あふれるVサインを形作っていた。
「2本、です」
ベッドに体を横たえたまま、顔をセ~クスィ~の方へ向け答える少年。あらためてセ~クスィ~は少年の様相を観察する。エルフとしては典型的な体型と言っていい。筋肉は目立たず、ともすれば幼児のような容貌。12,3歳といった所だろうか。身に付けていた黒のチョーカーはそのままに、無残に破れてしまっていた服に代わり、今はハクトの着れなくなった昔の衣類を身に付けているが、それでもなお袖や首回りなどに余りが出るほどに少年は小柄だった。
「よし。体は起こせるか?おっと、くれぐれも、無理はしない様に」
「問題ありません」
少年は手を支えにするでもなく、本当にムクリという言葉が良く似合う感じで、上半身を起こした。
「私はセ~クスィ~という。少年、君の名は?」
「…」
軽く上を向き、少し悩むようなそぶりを見せる少年。「申し訳ありません、思い出せないようです」
数秒の後、少年はぴったりと元の角度に首を戻し、セ~クスィ~に答えた。
「なんと…。記憶喪失?もしや頭でも打ったのだろうか…。しかし、何というか、律儀な少年だな、君は」一つ一つの動作がきっちりと角度を計算されたような動きに、堅苦しい言葉使い。それを機械の様だと捉えるのではなく、育ちが良いからではないかと考えるあたりに、セ~クスィ~の人の良さが滲む。
「………」
少年の無言を不安の発露と受け取ったセ~クスィ~。「心配するな、少年。必ず家族のもとに帰してあげるからな」
励ますように軽く肩を叩くと、にっこりとほほ笑みかけるのだった。
続く