「母さん、ごめんなさい」
「ティードさ~ん、機嫌なおしてよ。ねっ?」
「し・り・ま・せ・ん!どうせ晩御飯抜きが嫌でなだめようとしているだけでしょ?ほら、私ちょっと、グレンに用事があるから」
ティードは腰にしがみついてずるずると引き摺られていた二人を振り払い、まさにズンズンという足取りで、マイタウンをあとにしてしまうのだった。
「父さん、どうしよう?」
「時間が解決してくれるのを待つしかないかな…」
ティードに置いて行かれ、マイタウンのビーチに体育座りで黄昏るマージンとハクト。
「ええっ、じゃあ、もしかしたらもしかして、明日の朝御飯も抜きになるなんてことは…」
「安心しろ、ハクト。我々にはフライナさんという心強い味方がついてる!」
「そっか!父さん冴えてる!」
「はい、お呼びでしょうか?」
「うっわぁ、びっくりしたぁ」
不意に背後から声を掛けられ、飛びあがるハクト。
「おお…流石はフライナさん…呼びに行く前からスタンバイとは…」
「はて?マージン様も私に何かご用でしたか?」
「うんうん。実は、ちょっとね、些細な行き違いなんだけど、ティードさんを怒らせちゃってさ。それで、オレとハクトの分の今日の晩御飯、お願いできないかなぁ?」
巧妙に詳細を誤魔化しつつ、兵糧確保の交渉に打って出るマージン。
「あらあら、そんなことでしたら。もちろん構いませんよ。何を作りましょうかねぇ」
「やった~!僕、前に作ってもらったビーフシチューが良いです!」
「ん~、シチューはちょっと仕込みに時間がかかりすぎますから…近い味のソースを作って、ハンバーグなんてどうでしょう?副菜に、ニンジンのグラッセを添えましょうか」
「それ、いいですねフライナさん!やったぜ!!晩飯確保クエスト、クリア!」
「やったね父さん!」
クエスト達成とばかりにハイタッチするマージンとハクト。
「ですがその前に。お尋ねしたい事がありまして」
「ん?何なりとどうぞ?」
ハクトと手を合わせたまま、フライナの方を向き直るマージン。
「これとよく似たスケッチブックを、ご存じないですか?」
「ああ、それならさっき…」
ティードさんが、と続けようとしたマージンの言葉を、工房の方から響いた爆発音が遮った。
「もしかして、スケッチブックのページを破りました?」
マージン達の方ではなく、モクモクと黒煙を上げる工房の方を見据えるフライナ。
「えっ、それってどういう?」
マージンの工房は、爆弾に関する技術を研究、研鑽するための施設だ。そこで爆発が起こること自体は、不自然な話ではない。マージンがいかに爆弾工作員(ボムスペシャリスト)の二つ名を持つプロフェッショナルだとしても、それは起こりうる事象だ。だがしかし、フライナさんは確信を持って、『スケッチブック』と口にした。さらには、『ページを破っていないか』と。
「えっと…心当たりが、有り過ぎます」
正直に答えるハクト。
「スケッチブックはまだ建物の中に?」
「ああ、工房を出る時、一階のカウンターに置いてあるのを見たよ」
「かしこまりました。お二人は危険ですから、この場に」
手短に確認するや否や、メイド服のスカートのふちをつまみ、少し引き上げると、やはり整った綺麗な所作で工房へ向け走り出す。
「いや、そういう訳には!待ってフライナさん!」
「父さん、僕も行くよ!」
どうして浜辺で戦闘速度が出せるのか。どんどん遠ざかるフライナさんの背中を必死に追いかけるマージンとハクトであった。
続く