「失礼いたします」
緊急時であっても、あくまで礼儀正しくマージンの爆弾工房の扉を開くフライナ。踏み込んだ工房の中は、まさに混沌を絵に描いたような状況だった。マージンとハクトが目にしたバブルスライム、もといばくだん岩に似た何かが3体、その他にも、宙に浮かびゆらゆらと揺れながらゲラゲラ笑うバナナが2本に、くるくると渦を巻きながら舞う巨大なカレールーが寸胴鍋一杯分。それらが踊り狂う様に入り乱れ、工房の一階を占拠していた。様々な研究資材が散乱する中、奇跡的に形を留めているカウンターに目を見やると、マージンの言ったとおり、フライナが手にしているスケッチブックとよく似たものが一冊置かれている。
「やはり…これは私の不始末ですね。申し訳が立ちません…」
工房内の惨状を目にし、うなだれるフライナ。
「何だコイツら?とにかく、オレの工房からとっととご退出願おう!」
「あっ、いけませんマージン様!」
工房内である為、不用意に爆弾は使えない。短剣を引き抜き、一番近くを漂っている笑うバナナに切りかかる。
「あっれぇ!?」
間違いなくとらえた筈が、ナイフは大きく宙を切る。というよりも、手ごたえが全くなく、笑うバナナをすり抜けた。フライナは体勢を崩したマージンを素早く抱えるように立ち直らせ、共に工房の入口まで後退する。同時に、カウンター上にあった、先ほどティードが使っていたスケッチブックを回収した。そこへさらに遅れてハクトも駆け付ける。
「このスケッチブックは、占い師の使うタロットカードと同じ紙質で作られているのです。そこへ、世界樹の雫とエルフの飲み薬をブレンドし、墨を混ぜて固形になるまで煮詰めて作った芯を使った特製の鉛筆で描きページを破ると、描いたモンスターが具現化して使役することができる。これは、とある一族が独自に編み出した戦闘ツールなのですよ」
「具現化って言っても…」
先ほどマージンのナイフは見事にすり抜けてしまったではないか。
「ええ。あくまでも、浮かび上がるのは魔力を帯びたイメージです。実体は伴わない」
「だとしたら、一体どうすれば」
「方法はあります」
勢いよくしゃがみこんだ際の風圧で、フライナさんのスカートがふわっと舞い上がる。
「ハクト、お前にはまだ早い!」
「わぁっ、何するの父さん!?」
さっとハクトの目を覆うマージン。その眼前で、捲れ上がったスカートの中、簡単に折れてしまいそうな細く長い脚の太腿のあたり、ガーターストッキングの上から据え付けられたベルトに懸架したスローイングナイフを左右4本ずつ、指と指の間に挟み込んで引き抜くフライナ。スカートが元に戻るのと、鼻血を噴いたマージンが倒れ込むのはほぼ同時だった。
「イメージにはイメージで。描かれたモンスターが何なのかを心にしっかりと思い浮かべ、武器を振るえば、打ち消すことができます」
「えっ!?それって不可能では!?」
赤の噴水と化した父に代わってフライナの説明を聞いた後、ハクトは絶望とともに、うっかり見つめ続けたら心を病んでしまいそうなデッサンたちを見やる。まず手始めに、この宙を舞うバナナは一体何だというのか、第一問からさっそく皆目見当がつかない。
「この絶妙な反り具合、そして眼差しは、間違いありません、ひとくいサーベルです」
「ウソでしょ!?」
カンカン、と小気味よい音を立てて、フライナの放ったナイフが2本のバナナ、もとい、ひとくいサーベルを捉える。まさに霧が晴れるように、ひとくいサーベルのイメージは霧散した。
「そして、この絶妙なボディライン、ゆらゆらと漂う様子を見事に再現しています。これはあやしいかげ!」
「ええええええ~っ!?」
またもやサクッとカレールー、ではなくあやしいかげに突き刺さるナイフ。
「最後に、これはばくだん岩ですね。ゴツゴツとした質感、乱れた歯並び。これらを描かれたのはティード様でしょうか。流石、才能に満ちていらっしゃる」
「ああ、もう、お好きなようにどうぞ」
陶酔するような表情を浮かべながらスイングされた両手から、残されたナイフが全て離れ、的確にティード作ばくだん岩をとらえた。
「マージン様、ハクト様、申し訳ありません。夕食のご用意の前に、工房を整頓致しますので、しばらくお待ちくださいませ」
優雅に一礼し、見事に場を収めたフライナであった。
続く