「は~い、にっこり笑って~」
「笑う…こう?」
カメラを構えたフライナが、椅子に腰かけた少年に呼びかけるが、作り笑顔というのは意識するほど上手くいかないもので、少年の顔は口元だけを歪ませた何とも不気味な表情を形作る。
「う~ん…まぁいいでしょう」
パシャリとシャッターを一押し。今必要なのは身元照会用の顔写真であって、お見合い用の物ではない。早々に妥協して、カメラを収めるフライナ。
「それでは、グレン城に行ってまいります、奥様」
「ええ、よろしくお願いね、フライナ」
未だに、奥様と呼ばれるのはティードにとって少々むずがゆいものがある。いっそ友達のように接してほしい所であったが、本人からそこは仕事なのでと頑として断られた。だが、余裕のある時はお茶の時間を共にしたり、グレンへ食事に出かけたりと、ティードとフライナの仲はただの使用人から一歩踏み込んで、確実に打ち解けたものとなっている。
「さて、え~と…名前、思い出せないんだっけ?」
フライナを見送り、あらためて少年に尋ねるティード。少年も交えての朝食の際に、既にセ~クスィ~から聞いてはいたのだが、話のきっかけを考えあぐねた結果がこの質問だった。
「はい、申し訳ありません」
「あ~、いや、責めてるわけじゃなくって」
モンスター討伐ならお手の物なのだが、こういうのはどうにもやりづらい。苦手意識を抑えるようにバリバリと後頭部をかくティード。
「ふぅ、とりあえず、皆の所に戻ろっか」
リビングへ続く長い廊下を二人で歩く。ハクトより少し低い背丈の少年とともに歩いていると、少し昔を思い出す。まだ冒険者としての生活が安定しない頃、こうしてクエストに出ているマージンを待つ間、ハクトと二人でよく散歩をしたものだ。物思いに耽っていると、ハクトとセ~クスィ~の話し声が耳に飛び込んでくる。
「………から聞きました!皆さんのドルボードには合体機能があるとか!」
「おお、博識だな、ハクト君。いかにも!我らの最後の切り札だ、ドルセリオンという」
「ドルセリオン…それさえあれば、向かうところ敵なしですね!」
「確かに、ドルセリオンは強い。アストルティアにおいて最高峰の武力と言える。だが…」
「?」
「ディオーレ女王生誕祭の一件は私も聞き及んでいる。マージン殿は単騎、巨大ロボットに挑み、勝利した。とても勝ち目がなさそうな強大な敵を相手にする時、真に必要なものは、強力な武器でも鍛え上げられた肉体でもない。一番大切なものは、『心の強さ』だ」
「心の…強さ…」
「幾分と難しい話をしてしまったが、安心するといい。君は両親に恵まれている。きっとそのうち、分かる日が来る」
「そういうものでしょうか…?」
母はともかく、ばくだんいわに頬擦りする父の姿が思い浮かび、前途に不安を抱いたハクト。だがしかし、セ~クスィ~の言うとおり、あれでいて父も優秀な冒険者なのだ。そして何より、爆弾に関する狂愛にも似た異常な執着を除けば、良い父親であることに間違いはない。完璧な人間などそうそういないのだな、との結論に達したところで、ハクトの視界に母と少年の姿が映る。
「あ、母さん。写真撮影はもう済んだの?」
「ええ、軽く一枚撮るだけだったからね。フライナはもうグレン城に向かってくれているわ」
「うむ、これで進展があると良いのだがな」
「本当にね」
「迷惑をおかけし、申し訳ありません」
「いちいち謝らないの。う~ん、案外、いいとこのお坊ちゃまだったりしてねぇ」
「そうだな。物腰も穏やかだし、なにより、落ち着いている。この胆力は生半で身に付くものではない」
不自然なまでの礼儀正しさに、想像の膨らむティードとセ~クスィ~であった。
続く