「う~ん…」
少年の手を引き、ゲストハウスから飛び出したものの、ハクトは軽く頭を抱えていた。
「どうしようかなぁ?」
今でこそグレンに腰を据えているが、冒険者である父と母に連れられての放浪生活、これまであまり同年代の子供と接する機会の無かったハクト。思い浮かんだのはドルワーム王国の教会前広場で一緒にドルブレイブショーを見たプクリポの少年、『ごましお』の事だった。
名は体を表す。胡麻の様なポチ目の少年と、ハクトはジェリーマンの親子を救うべくちょっとした冒険をした。父マージンやごましおの仲間のミサークとともに過ごした時間は、短くも濃密なものだった。ふと軽く追想に耽っている間に、少年の姿が消えている。
「あれっ?どこ行っちゃったんだろう?」
ハクトは慌てて辺りを見回すと、1番地と2番地の狭間、中庭の様なスペースで、木の根元にしゃがみ込んでいる少年の姿を見つけた。ほっと胸をなでおろしながら、何か熱心に観察している様子の少年のもとへ歩み寄る。
「どうしたの?」
「この感情。とても、かわいらしいと記憶しています」
しゃがんだ姿勢のまま振り向いた少年の人差し指の上に、触角を伸ばし、ゆっくりと這い進む殻を被った腹足類の姿があった。
「わぁ、珍しい。カタツムリだね。一昨日雨が降ったからかな?」
「カタツムリ…君の名前はカタツムリ…」
聞き馴染みのない単語だったのか、反芻するように呟きながら、空いている左指でカタツムリを軽く触れる少年。
「驚かせたら引っ込んじゃうよ?」
「あ」
時すでに遅し。そっと指の腹が接触しただけではあったが、驚いたカタツムリはやはりゆっくりではありながらもその身を背負った殻へ収納しようと縮こまってしまう。
「申し訳ない事をしました。どうぞ、お足下気をつけてお帰り下さい」
非礼を詫びつつ、指を傾けて、そっと手近な葉の上にカタツムリを帰してやる少年。のそのそと葉の軸をつたい、茂みの中へと消えていくカタツムリを少年はじっとしばらく無言で見つめていた。
「さきほどの建物がハクトさんのおうちですか?」
「えっ、ああ、うん、まあそうだね」
ティードとセ~クスィ~の会話を聞いていたのだろうか。ハクトは不意に話しかけられた事よりも、少年に名前を覚えられていたことに驚いた。
「カタツムリは殻がおうち。それとも、今向かった先におうちがあるのでしょうか?」
「そうだね、彼の場合は、殻がおうちかな」
「そうですか」
そして再び無言。
「私のおうちは…私…いや…ボクの…家は…」
「…!何か思い出したの!?」
「雪…いつも雪が降っていた…」
「うん!それでそれで?」
「…」
全てを覆い尽くすように、一面降り積もった雪の中。あちこち不自然に盛り上がった雪の塊。点々と続く赤…。これ以上、思い出してはいけないと、何かが警鐘を鳴らしているのを感じながらも、記憶の中、動くもののない村の中をゆっくりと歩く自分の足を止められない少年。
「ねぇ、しっかり!」
「あ、あ…」
ハクトからバンと強めに両肩を叩かれ、少年は追憶から舞い戻った。
「大丈夫!?顔が真っ青だよ?」
「うん、大丈夫だよ、ハクト」
肩にのせられたハクトの手にそっと自分の手を重ねる少年。その口調に、先ほどまでとは違う、自我がこもっているのをハクトは感じた。
「何か思い出したの?」
「うん。ハクギン。ボクの名は、ハクギン」
続く