しばらく呆然とひび割れたモニターに映るハクギンの顔を眺め、立ち尽くしていたネコギシだったが、あらためて珊瑚の知恵は冷静に状況を分析し始める。
「何が狙いだ…考えろ…セ~クスィ~の前に現れたのは偶然じゃないはずだ」
生首越しに交わした、黒幕であろう老人との会話を思い起こす。このところ、おきょう博士の指示で、通常のドルブレイブの活動と並行して単身行っていた調査活動。目的こそ不明だが、方々で目撃情報の上がる偽ドルブレイブの狙いは…。
「子供…異種族間の夫婦に生まれた子供…。マージンの子供か!」
セ~クスィ~の話では、マージンの奥方はオーガだという。もはやそれ以外に敵の目的は考えられない。幸い、セ~クスィ~がマージンの家にいる。その状況下で何かが起こるとは思えないが、マージンとセ~クスィ~に早急に知らせる必要があるだろう。急ぎ端末の通信システムを開こうとしたものの、画面に無情にも浮かび上がるシステムエラーの表示。コンソールを叩き確認すると、受信アンテナは無事だが、送信アンテナが欠損していることが外部カメラにて確認できた。先の偽ドルブレイブのドルボードミサイル攻撃によるものだろう。
「くそっ!!」
悪態をつきながらも、ネコギシはすぐに行動に移る。通信による伝達が不可能であれば、直接現地に向かう。可及的速やかな方法で。通信システムに次いで、ネコギシはこの基地に配備されたあるシステムが使用可能か検索する。
「魚雷管の次は、ロケット射出か。ドルブレイブが解散したら、ドワ男砲台の芸で喰っていくかな…」
海底離宮攻略戦の折。突入部隊の仲間を載せてレヴィヤルデの魚雷管から飛び出した時も、こんな心境だっただろうか。今日この場がアラモンド鉱山の基地だったことは僥倖だと言える。おきょう博士が構想し、結局一度として使われることの無かった移動システム。火薬の力でもって射出管からドルブレイブ隊員を現地へ撃ち出すという、本来、魔装展開による万全の肉体保護に加え、魔装にて構築される強化されたドルボードにて行う事を想定した狂気の沙汰。
「よし、使えるな」
システムに火を入れ、移動座標をセ~クスィ~の通信端末の信号発信地にセット。時限スイッチを設定すると、火花散るメインルームを飛び出した。命を懸ける展開ながらも、ネコギシには欠片の逡巡も無い。
「まだ残っていてよかった」
メインルーム同様に損傷の激しいロッカールームで、おきょう博士が魔装に至る前に開発された初期の強化スーツを身にまとい、同じく当時の相棒だったエアボード型ドルボードを手に取る。魔装に比べれば劣るが、生身よりは断然いい。
「ありがとう、おきょう博士」
普段の装備はもちろん、使用されることのなくなった装備であっても、非常時に備え、寝る間を惜しんでメンテナンスに勤しむおきょう博士の小さな後姿を、ネコギシはいつも尊敬を込めて見つめていた。おきょう博士の努力は、今こうして結実したのだ。
「これも持っていくか」
さすがに休暇中、セ~クスィ~は自身の魔装を別の基地に残していっている。そして残念ながら、アラモンド鉱山の基地内にはセ~クスィ~の魔装のスペアは無い。代わりに、昔ある強敵に一時敗北した際にお役御免となった、一世代前のドルブレイブベルトを手に取った。
「念には念を、だな」
このベルトは、オーガ女性が使用することを想定されている。予備に作られていたもう一本も手に取り、2本のベルトをタスキ状に身にまとうと、ネコギシは射出管へと急いだ。
5、4、3…
無機質な機械音声によるカウントダウンが、薄暗い筒の中に響く。
「そういえば、マージンは爆発が大好きだったな。彼からすれば、まさかこれすらもうらやましいのかな?」
強化スーツ越しでも足元に感じる凄まじい熱量。ネコギシはあくまでものんびりと、どうでもいいことを考えながら、振りかかる衝撃に備えるのだった。
「はっくしゅん!くそっ、誰かオレの噂でもしてるのか?いや、こりゃ床が冷たいからだなぁ」
ちょうどその頃のヴェリナード。もはや馴染みすらあるヴェリナード城地下の留置所に、縛られたマージンが転がっていた。ヴェリナード住民の戸籍情報の奪取に加え、ドルブレイブ基地との通信システムの無断使用。ネコギシとの会話の後、鍵をかけていた通信室の扉をこじ開けたユナティとアスカによって拘束され、以降マージンは無様な姿をさらしている。ユナティとアスカは、釈明に追われ、これから仕上げなければならない始末書のボリュームにげんなりしている頃だろう。
「お腹すいたな~っ!かつ丼、かつ丼はまだですかーっ!!卵はトロふわでお願いしますね~っ!!」
外に立つ看守に無視されることはわかっている。それでもとりあえず暇つぶしに駄々をこね続けるマージンであった。