「すまない、もう一度…いや、いい」
グレン城へ出かけていたティードとフライナが戻ったのは、ちょうど気を失ったハクギンをベッドに寝かせた頃だった。何か進展があったのだろうと期待するセ~クスィ~とハクトとは裏腹に、ティードとフライナの表情は重く、ティードからめずらしく強い口調でハクギンに付き添っているよう言われたハクトを寝室に残し、セ~クスィ~は今一通りの事情を聞かされたところだった。
「ハクギンが41年前に死んでいる?それに、40年前のラギ雪原で起こった村民虐殺事件の重要参考人物だと?」
何度話を聞いたところで、そして自身で反芻したところで、頭がすっきりするはずもない。
「意味不明な事が多すぎる!」
頭をかきむしると、ダンッ、と思わず机を叩いてしまうセ~クスィ~。
「あ、す、すまない」
「いえ、いいのよ。私たちも同じ心境」
「それで、ハクギンはこのあとどうなるんだ?」
「それは…」
フライナが言いよどむティードの言葉を継ぐ。
「…現在、タウンの入口に、グレン兵が待機しています。ハクギン様はグレン城に保護して頂いて…」
「保護?保護だって?聞こえのいい言葉で誤魔化すものだ」
ティードが悪いわけではない。フライナの行動にも落ち度があった訳ではない。それでも角が立つような言葉を発してしまう自分を心の中で憎悪しながらも、言葉が止まらない。
「あの子は、優しい子なんだ。ごく普通の、どこにでもいるような…それが…」
保護とはよくもまあ言ったものだ。グレン城は事件の容疑者としてハクギンを拘束したいのだろう。少なくとも一つの事実として、41年前に亡くなった少年と、時間の隔たりもなく、うり二つの少年が現れたのだ。尋常ではない事態が進んでいるのは間違いようがない。
「グレン城の側としても、41年前に亡くなったエルフの少年が、なぜ当時と同じ姿で現れたのか。そこには甚だ疑問を抱いているようです。他人の空似で片付けるには、彼自身が呟いた、ハクギンという名が一致することも捨て置けません。そしてもう一つ」
「なんだ?」
「3年前を境に、以降、ハクギン様の目撃情報が、あまりにも多すぎるという事」
「それは…どういう?」
「ヴェリナード、ドワチャッカ、エルトナ、プクランド、そしてオーグリード。5大陸すべての行政機関に、ハクギン様の目撃情報が挙げられています。…各地の誘拐事件と前後するタイミングで」
「誘拐事件…」
フライナの言葉に、セ~クスィ~はここ数年のドルブレイブの活動を思い返す。解決できていない案件の一つに、まだ年端もいかない少年少女達の誘拐事件が思い浮かぶ。確か、ネコギシがメインとなって情報収集を行っていたはずだ。再度、小型通信端末を試してみるが、やはり応答はない。
「グレンでどれだけドルブレイブの超法規的活動が認められるかはわからないが…私がハクギンに付き添おう。可能であれば、彼はドルブレイブの方で預かりたいと思う」
「そう…そうね。それができれば、一番良いわ。さぁ、ハクトを説得しなくちゃね」
無理やり笑顔を作り、重い足取りで寝室へと向かったティ~ド。重たい時間がセ~クスィ~とフライナの間に流れる。やがて腕を組み、黙して椅子に掛け、戻りを待っていたセ~クスィ~のもとに、慌てた様子のティードが駆け込んできた。
「大変!!ハクギンとハクトがいないわ!」
「何だって!?」
ティードとともに寝室へ駆けるセ~クスィ~。寝室はもぬけの殻になっており、小窓が開け放たれ、柱に括り付けたシーツが垂れている。下へ降りるべく、ロープ代わりに使ったのだろう。
「ハクト、私たちの話を聞いていたんだわ。どうしよう…」
ハクトもまた、優しい子だ。ハクギンがグレン城に連れて行かれるという部分を聞き、慌ててハクギンを逃がそうとしたのだろう。
「ひとまず落ち着こう、ティード。ハクギンは気を失う前、家に帰らなければと口にしていた」
ハクギンが意識を失う寸前、木の上から聞いた微かな声だったが、セ~クスィ~の聴覚はハクギンの呟きを何とか拾っていたのだった。
「そして、ハンガーにかけられていたハクト君のコートが無くなっている」
マイタウン区画は魔法で気候が調整され、ハクトが父マージンからプレゼントされたという、お気に入りのモッズコートを必要とするほど寒くは無い。そして、最寄りのグレン地区もまた、年中変わらぬ暑い気候。となれば、得られる情報から彼らが向かったと思われる場所は一つ。
「まさか!?」
「ハクギンの生まれ育った村へ向かったのだろう。急ぐぞ!」
フライナに留守番とグレン兵への説明ならびに時間稼ぎをお願いすると、着の身着のまま駆け出すティードとセ~クスィ~であった。
続く