「大丈夫?ハクギン」
「うん。ありがとうハクト。平気だよ」
猛吹雪のラギ雪原をひた走るサイドカードルボード。自分のコートを着せようとしたのだが、断固として拒否したハクギンを助手席に乗せ、ハクトは慎重にドルボードを走らせる。これまで普段はシングルライド、荷物を載せるために助手席を付ける事すら稀であった為、いささか緊張しているハクトにとって、コートを着ていなければ悴んで、上手く運転ができなかったに違いなく、毛布に包まって座るハクギンに申し訳なく思いながらも、内心ほっと胸をなでおろしていた。先ごろハクギンが意識を取り戻した際、ハクトは大急ぎでそれを伝えようと寝室から飛び出したところで、何かを叩き付けるような大きな音を聞き、ハクギンがグレン城に連れていかれようとしていることを知った。扉越しに聞き耳を立てていたため、その理由まではハクトにはわからなかったが、セ~クスィ~のあらぶった声から、不当な流れであることを敏感に感じ取り、大慌てで部屋へと踵を返すと、ティード達に気付かれぬようこっそりと窓から逃げ出したのだった。向かう先の宛が無ければどうにもならない所だったが、目を覚ましたハクギンが自分の故郷の場所を思い出していたことも僥倖だった。ハクギンの生まれ育った村までたどり着ければ、きっとすべてが解決する。しかし。
「…う~ん…でも…ラギ雪原の中に村なんてあったかなぁ?」
ハクギンを不安にさせぬよう、あくまでも小さい声でだが、ハクトは脳裏をよぎる疑問を口にしたのだった。
(そうだ…つり橋を渡って…木立を抜けて…)
ハクギンは助手席の中で毛布にくるまり、振動に耐えながら、ぎゅっと眼を閉じる。思い起こされる故郷への道。村の風景。厳しくも優しかった両親の顔。そして…
「ねぇ、ハクギン。たぶん、教えてもらった通りの場所に着いたと思うんだけど…」
戸惑う様なハクトの言葉に、ハクギンはそっと目を開く。目の前に広がるのは、記憶の中の村の風景ではなく、人の気配のまったく無い銀世界。
「どこかで道を間違えちゃったみたいだ。少し引き返して、そこから…」
「いや、ハクト。ここで合ってる」
「え?」
ハクギンは毛布を払い、助手席を降りた。数歩先にあった膝の高さ位の小さな雪山に歩み寄ると、そっと手で払う。雪の下からは焼け焦げた木の柱の一部が顔を見せた。
「ここが、ボクの家だった…」
呟き、がっくりと膝をつくハクギン。
「ごめん、ちょっと言っている意味が良く…」
雪の下から覗いた朽ち果てた木材は、かなり年季が入っている。どう見ても、ここ数年というレベルのものではない。
「ぶえぁっくしょい!!!」
戸惑うしかないハクトを畳み掛けるように、背後から突然大きなくしゃみが聞こえた。
「お~、さぶいさぶい。寄る年波には応えるわい」
「誰!?」
ハクトは無意識にハクギンを庇う様、老人とハクギンとの間に立った。いつの間にそこに居たのか。声に驚き振り向いた先には、一人の老人が立っていた。
「SB-03、良くやった。ワシの求めるサンプルをうまくこんな人里離れた場所まで誘導するとは。戻ったらしっかりメンテナンスしてやろうのぉ」
ハクトの事などまるで意に介さぬ様に、老人はハクギンに向かい話しかける。
「さぁSB-03、サンプルを拘束してこちらまで連れてこい」
「ハクトは友達だ…サンプルなんかじゃ…ない…」
「ほほう!素晴らしい!うむうむ、監視しておった時からもしやとは思ったが、何でも試してみるもんじゃのう。てっきり失敗したと思っておったが…そうか、ハクギン、だったか?成功しておったのだなぁ!」
愉快でたまらないという表情で、腹を抱えるように大きく笑う老人。ハクギンと老人のやり取りにすっかり置いてけぼりになるハクトのもとに、さらなる混乱の種が降りかかる。
「少年!そこをどいてくれぇっ!!」
ヒュルルルという飛翔音とともに、流れ星の如く煙を棚引かせる青とオレンジのシルエットが、ハクトのもとに急速接近していた。着陸というよりはもはや着弾の寸前、手にしていたドルボードを地面へ投げつけ、せめてもの制動をかけるその姿は、ハクトの憧れの一人、ダイダイックブレイブだった。
続く