ヴェリナードの往来に多数の犠牲者を生み出しながら、やがて追走劇はその舞台をヴェリナード駅へと移した。
「はぁ、はぁ、ホント、いい加減に、しやがれっての…」
「いやはや、これだけ激しく運動したのは海底離宮以来ですよ…」
「とはいえ、もう逃げ場はないぞ」
「おとなしくお縄について下さいね」
じりじりと距離を詰めるマージンとブラオバウム。
しかし無情にも、微細な振動とともにホームに大地の箱舟が滑り込んできてしまう。
「まずいっ!」
「箱舟に乗られたら最悪ですよ!」
慌ててみならいあくまを取り押さえようとするマージンの視界の奥、開いた大地の箱舟の扉から、会いたいけれども会いたくないシルエットが姿を現す。
「あら?マーちゃん?」
「まっずぅ!!!」
嫌な予感は的中するものである。
マージンが何故か非常にゆっくりと感じる時の流れの中、みならいあくまの風船から放たれた閃光がティードをしたたかに捉える。
「…なんの罰ゲームなのよコレ?」
はからずもマージンと同じ衣装を強制的にまとわされたティード。
ティードをすり抜けホームの奥へと逃げるみならいあくまを追い、顔を背けてティードの前を通過しようとしたマージンだったが、的確に伸びてきたティードの右掌にがっしりと前頭部を鷲掴まれる。
「マーちゃん?」
発されたのはただ一言。仔細を語らない事がこれほど雄弁なケースが他にあっただろうか?
「あっ、ちょっ、アカンて、脳ミソ漏れるっ!」
マージンの身長はティードよりもだいぶ低い。右腕一本でやすやすとマージンをプラリンと持ち上げている。
そして、その体重を支える為にしては過剰な握力でギリギリとマージンのこめかみを圧迫するのであった。
「南無三、骨は後ほど拾いますからね」
詳細は分からないが他所様の家庭の事情に首を突っ込むことは放棄し、みならいあくまを単騎追い続けるブラオバウムの身にも、風船から二度目の閃光が走った。
「こ、こここ、これはまさか!伝説の『ギュータの法衣』!?」
全体を絹のような艶やかな織り布で構成され、風を受けて優しく揺らめく長いマント。
そしてその頭には、肩幅に匹敵しそうな大きく丸みを帯びた気球のような帽子が乗り、顔を挟むように両サイドに降りた一対の帯がたなびく。
「凄い…。私のテンションが臨界ですっ!メドローアだって1人で撃てそうな気がしますよっ!」
ページが擦り切れる程に読み耽った記憶に間違えようはない。
幼少時心躍らせた英雄譚からまさに飛び出したかのような装束に身を包んだ感動から、気がするどころか右手にメラ、左手にヒャドを集束させ、物騒な準備を始めるブラオバウム。
「バウムさん!バウムさん!!ヴェリナードに風穴あけるのはさすがにダメ絶対!」
引き続きティードに吊られたままながら、立ち上り始める伝説級のオーラに慌ててブラオバウムを大声で制するマージン。
ティードの掌で眼前を覆われようとも、全身の産毛がごっそり焼け落ちるような感覚は走る。
ディオーレ女王とて、断じて仏では無いのだ。
マージンのみならず海底離宮突入組100人に対しての特赦を総合して考えても、白昼メドローアはディオーレ女王の寛容を容易くぶち抜くことは疑いようがない。
「分かってますって。冗談ですよ冗談」
絶対分かってなかったし、欠片も冗談ではなかった。
ともあれ、パッとブラオバウムの両手から魔法の輝きが消失する。
「いい加減、ケリをつけましょう。今の私は、古の大魔導士にも匹敵しますよ!」
続く