「今、夢幻の森のみならず、至る所から幽霊列車の報告が上がっています。これは明らかに霊脈の流れに反しており、何らかの理由で暴走状態にあると考えられます。そしてこのままでは輪廻転生のバランスが崩れ、アストルティア全土の出生率の低下、死霊系モンスターの活性化など、捨て置けない影響が出ます」
「一部モンスターの活性化は、街の近くに強力なモンスターが出るなど、本来の生息域が崩れ、人々に看過できぬ危険が及ぶ可能性が大じゃ。それゆえ、叡智の輪としても事態への介入に乗り出すに至った訳じゃ」既にホーローも自身の足にて各地を巡り、つぶさにモンスターの生態バランスが変貌しつつあるのを確認していた。
けして、駅弁目当てに必要以上、大地の箱舟を乗り継いでいたわけでは無い事を、ここに添えておく。
「未だ原因はわかりませんが、霊達を鎮め、正しく冥府へ導くため、また、今後同様の事件を引き起こさぬよう、列車に乗り込み、車内に社を建立して頂きたいという訳です」
「なるほど、荒療治ってわけだ。そりゃあ、並の大工には任せられないわけですね」
ライティアの推薦とはいえ、そもそも戦う大工さんにお鉢が回ってきた真の理由に合点がいったロマン。
「依頼内容と、建築現場の事はわかりました。して、列車への突入の手段を伺いたい」
魔法建築工房『OZ』もいまや大所帯。
ロマンが自身の右腕と呼べる職人の数も、けして少なくない。
しかし受けるにしろ断るにしろ、細部まで徹底的に棟梁自ら確認する。
どれだけ多忙を極める時期であったとしても例外は無い。
それは依頼主への敬意と、自らの仕事への礼儀を重んじるロマンの、譲れないこだわりであった。
「いわば幽霊である列車に乗って頂くには、等しく幽霊である必要があります。よって私の秘術で肉体と魂を切り離し、ある乗り物で列車に吶喊して頂くことになります」
セイロンの口から、魂を切り離す、吶喊、藪から棒に危険な言葉の数々が飛び出し、秘書も兼ねる受付嬢は眉をしかめ、口を挟む。
「吶喊とはまた、穏やかではないですね」
「止むをえません、列車は停車しませんので」
静かな火花を散らす女性陣をとりあえず放置し、ロマンが先を促す。
「で、特別な乗り物というのは?」
「これじゃよ」
ホーローが懐から取り出した一枚の写真には、海岸に佇む一艘のスワンボートの姿。
「…ファンタジーっすね」
思わず敬語も吹き飛ぶインパクト。
「これはただのスワンボートではないぞ。まさにこの世に一艘しかない、奇跡の船じゃよ」
ここへ来て一番の笑顔で、にんまりと笑うホーローであった。
商談が終わり、応接室の隣室にてすぐさま話し合うロマンと受付嬢。
「棟梁、まさかとは思いますが、この危険極まりない依頼、受けるおつもりで?」
「あたぼうよ!こんな重大な現場(ヤマ)、オレっちがやらなきゃ、誰がやるってんだ!」
歯を見せて笑い、グッと親指を立てるロマン。
命に関わる難解な仕事に、この即答である。受付嬢は一つ大きなため息を漏らす。
「はぁ…どうせ、依頼はお受けになるだろうと思っていました。既に第3~4部隊に棟梁の仕事を割り振り、並びに繁忙期対応時のサポートメンバーにも召集をかけております」
「おお、それで会話中にこっそり抜け出してたわけね。さっすが」
受付嬢の勝手知ったる対応に、ロマンの顔に思わず笑みがこぼれた。
方針が決まり、応接室へと戻る2人。
「ホーロー様、棟梁を差し置いて私の方から条件をひとつ。事が終わりましたら、棟梁が抜けることによる『OZ』の損害の補填、請求させて頂きますがよろしいでしょうか?」
「ほっほっ、こりゃあ手厳しいのぅ。しかし、もちろんじゃとも。しかと承ろう」
ホーローは満面の笑みでポンと一つ膝を叩く。
「それを聞いて安心致しました。それでは大棟梁、良い御仕事を」
「おうともよ!!」
そしてロマンは手早く、スワンボート確保の為、潜入工作といえばこいつらしかいない、とマージン・フツキの迷コンビを招聘し、今に至る。
続く