テルルはスワンちゃんと出会った日の事を、今でも鮮明に覚えている。
あれはちょうど、ExtE結成前のソロ活動時代、五大陸をめぐるコンサートツアーのさなか、機材とスタッフ達とともに乗る幌馬車が、ランドン山脈にさしかかった頃。
天よりキラキラと光の残滓を帯びながら 、スワンちゃんはまさしくテルルの前に舞い降りたのだ。
両側から何か強烈な力でプレスされたかのような激しい損傷。
加えて高高度からの落着の衝撃もあり、豪華絢爛であったであろう装飾は無惨に抉れこそげ落ち、乗客を守る為付いていたであろう屋根は見る影もなく柱だけが虚しく残る。
それでも落着したスワンちゃんはピンと首を伸ばし、遥かな大空を睨んでいた。
ボロボロになってなお凛々しいその姿は、自分の奏でたい音楽と事務所の方向性の狭間で板挟みにあい苦しんでいたテルルの心を貫いた。
何か特殊な素材で出来ていたのであろう。
そのままテルルの眼前で尾羽の方から光と消えていったスワンちゃん。
しかし、その額の宝石だけは何故か消えずに雪上に残った。
テルルが拾ったその宝石を核として、その記憶をもとにスワンちゃんはグレンの木工職人ビゴルの手により見事な復活を遂げ、辛い時、苦しい時、テルルの心の拠り所としてそっと付き添い、今に至る。
テルルがスワンちゃんと出会った日。
それは奇しくも、ユルールが冥王ネルゲルを打ち倒した日であった。
スワンちゃんとの出会いに想いを馳せるテルルは、アズランへ向かう大地の箱舟の中にいた。
車窓に打ち付ける雨は、テルルの心情を表しているかのよう。
「必ず助けだしてあげるからね、スワンちゃん…」
つぶやき、そっと窓に触れる。
テルルのスワンちゃん、盗難。
衝撃のニュースは、すぐさまテルルの熱烈なファン、通称テルラーの間を駆け巡った。
全国津々浦々、至る所にテルラーは潜んでいる。
すぐさま大量の目撃情報が寄せられ、レンドアのテルルファンクラブ本部を通し、重要性の高い情報が吟味され、テルルのもとへと渡った。
吟味されてなお膨大な情報の中から、テルルは一つの確度の高い情報を見つけ出す。
『ほぼスキンヘッドの人間とエルフの二人組が、アズランで大ゲンカしていた』
そしてアズランの木工所に巨大な何かを持ち込んだ男がおり、ここ数日けたたましい作業音が響いているという。
はやる気持ちを抑え、テルルはアズランの地に降り立ったのだった。
そして時を同じくして、アズランの木工所に迫る、小さな小さな影があった。
アズランに居を構える友人の経営する酒場の倉庫にて、今日もひっそりミルク風呂で肌のコンディションを整えつつ、無銭飲酒に舌鼓を打っていた妖精族のマユミは、ここ数日響き渡る騒音に頭を悩ませていた。
「あ~もう、トンテンカンテントンテンカンテンうるさいなぁ…!!」
そろそろ苦情の一つも言いに行ってやらないと、すっかり騒音のせいで客足が減っている酒場が傾きかねない。
貴重な食い扶持の存亡をかけて、可憐な光の残滓が宙を舞う。
―今宵は新月。幻の列車が、刻一刻とアズランへ近づいていた。
続く