拝啓、父さん、母さん。如何お過ごしですか?
予定が変わって、家に帰るのはまだしばらく先になりそうなので、手紙で近況をお知らせします。
僕は今、ごましおくんと共に、ライティアさんという冒険者の方から指南を受けています。
朝は4時に起きて、居候させて貰っているレストラン、虎酒家で調理に使う薪割りから始まります。
ライティア師匠は薪割りの最中、斧の握り方や力の加え方、大地の踏ん張りを自分の腕力に添加する腰の構えなどを教えてくれます。
5時になるとごましおくんがようやく起きてきて、3人揃って滝行です。
ごましおくんだけは滝壺に足が届かず何度か溺れかけたので、浮輪をつけて挑んでいます。
最初は滝の勢いに押され、ぐるぐる水車の様に高速回転していたごましおくんですが、今では浮いたままでしっかりと滝の勢いを受け止めていて、凄いと思います。
コツを教えてもらいたかったのですが、うっかり気絶した時にできるようになったらしく、本人でもよくわからないそうで残念です。
ライティア師匠は、無の境地というやつだ、と言っていました。
父さんに前聞いた、ボムの境地みたいなものなのかな?
その後は虎酒家近くの広場で太極拳を舞います。
最初はライティア師匠一人で行っていたそうなのですが、村の人が一人、また一人と加わり、いつの間にか村の朝の恒例行事になっているらしいです。
今日は僕たちを含め36人も参加していました。
朝から太極拳を舞うと、その日一日中、体がはつらつなので、最近寄る年波に勝てない、朝が辛い、と言っていた父さんには是非教えたいと思います。
太極拳を終える頃、虎酒家からツン、と強い黒酢の香りが漂ってきます。
虎酒家のマスター、ミアキスさんの料理は、お店を開いていらっしゃるので当然ですが、物凄く美味しいです。
朝はいつも、難しくて料理の名前が覚えられないのですが、黒酢に豆乳を加え、柔らかな豆腐のように仄かに固まってきた所へ胡桃やカボチャの種、ゴマと松の実、細かく刻んだ干し杏子などを散らしたものをご馳走になります。
まかないでしか出さない限定メニューで、黒酢に門外不出の特別配合のスパイスを加えてあるそうなのですが、初めて振舞われた際、ライティア師匠はピタリと使われているスパイスの種類と分量を言い当てて、ミアキスさんを驚かせたらしいです。
僕も修行を続けたら、いつかライティア師匠みたいに鋭い感覚を身に付けられるのかな?
その後は一日虎酒家のお手伝いです。
虎酒家では特に餃子が名物です。どのお客さんも注文されます。
ミアキスさんがあんと皮を作って、ひたすら僕が包み、ライティア師匠が焼いて、ごましおくんがつまみ食いして怒られるまでがワンセットです。
でも、ホントに美味しいので、つまみ食いしたくなる気持ちはよくわかります。
こっそりですが、ライティア師匠も配膳中につまみ食いする事があるらしいです。
ミアキスさんは折に触れてライティア師匠のスパイスの知識と、焼きの技術を褒めています。
ライティア師匠にはその気はなさそうですが、次の店主にする為厳しい修行をさせているらしいです。
とても強いライティア師匠ですが、それでもなお修行する事がある…。
世間の広さと奥深さをしみじみ感じました。
僕はこの虎酒家で、大きく成長してから帰りたいと思います。今しばらく母さんと離れ離れは寂しいですが、頑張ります。 敬具
追伸、十年以上前、虎酒家に僕によく似た雰囲気の男性が、金髪のオーガの女性と食事に来て、料理が冷めるまで終始爆弾の話をして女性にドン引きされていたらしいのですが、もしかして父さんと母さんですか?
もしそうなら、あの時のフルコースをもう一度振る舞うので、いつかまた店に来いと、ミアキスさんからの伝言です。今度は長話で冷める前に食せとのことでした。
続く