アズランにて、マージンとの通信を終えたセイロンは、通信機をしまうと今度は紫色の包みを取り出す。
「おおっ…?」
とたんにフツキの首筋を襲う悪寒。
突然気温が5℃ほどは下がったのではないかと思えるほど、冷たい気配が辺りに立ちこめる。
デスマスターの奥義の一つ、死霊召喚。
デスマスターであるならば当たり前に行えるこの技に、デスマスターとして経験を積めば積むほど、大きな制約がかかっていく事を知る者は少ない。
あの世の存在である死霊をこの世に呼び出すには、“形”が必要になる。
うち捨てられた甲冑、埋められた骸骨、それらの憑代すら近場に見当たらない場合は、シンプルに魂の姿のまま。
デスマスターとしての技量が増せば増すほど、あの世との結びつきは強固になり、召喚される死霊は生前の記憶、身に付けた技量、その姿形を色濃く取り戻す事になる。
するとどうなるか。
しかと取り戻した生前の自分と、落とし込まれた器とのギャップに耐えられず、自壊するか暴走してしまうのだ。
故に、経験を積んだデスマスターたちは、あえて自身の力をセーブし、おぼろげな姿のまま死霊を召喚する必要に常に苛まれている。
セイロンもまた、若くしてデスマスターの秘術を極めつつある天才。
幼少のみぎりより死者の声を聴き、時には生者以上に慣れ親しんできた彼らに、そのような不自由を強い、戦いに駆り立てる事には強い抵抗を感じていた。
だがしかし、今回は違う。
死霊を降ろす先は、あの世とこの世を結ぶ列車の中。
全てが魂で形作られたその場所であれば、生前と寸分違わぬ姿で、彼らを呼び覚ますことができる。
故に、ある種の喜びにも近い感情を抱きつつ、セイロンは準備を進めた。
死霊を呼び出すにあたり、何億何千という死者の魂の中からピンポイントで誰かを選び出すなどという芸当は、本来不可能である。
だが、セイロンの技量と、当人を指し示す目印があれば、不可能は可能になる。
しかしこの特別な死霊召喚は、セイロン自身、相当な消耗を強いられる。
呼び出せるのはせいぜいが一人、それであれば、厳選する必要があった。
「ホーロー様を通して譲り受けたこの遺物があれば…」
濃い紫の包みにくるまれていたのは、扇の破片。
それは過日、アカックブレイブを中心に、即席でチームアップされた一日限定のドルブレイブが討伐したシドーレオの腕に刺さっていた、500年前の戦士ワッサンボン愛用の扇の破片だ。
報告によれば、デスマスターの力を介することなく、この扇の破片よりあふれ出た500年も昔の故人のエネルギーが、アカックブレイブ達を勇気づけたという。
今回はけしてミスの許されない闘い。
それゆえに賢者ホーローに頼み込み、セイロンは破片を手に入れたのだ。
セイロンはその中でもとりわけ小さな一つを選び、左手で強く握りしめる。
自身の鼓動を馴染ませるように、そっと左胸に拳をあてた。
辺りに漂う冷気が、より一層厳しさを増していく。
そっと瞳を閉じると、現世に居ながらにしてセイロンの意識は遠くあの世の縁へといざなわれていく。
召喚の儀は、深い海に潜るのに似ている。
何処までも何処までも、光の届かない静かな暗闇の中を手探りで進んでいく。
しかし、不安も恐怖もない。
もとよりこの静寂が、セイロンは好きだった。
そうなのだ。
今回の件も、本来であれば、わざわざ表立ってセイロンが動く必要は無かったはずなのだ。
デスマスター組合と賢者ホーローの橋渡しや、ロマンとの交渉。
それらは当初の計画では、セイロンではなくライティアが担当するはずだった。
それをライティアが度を越した無銭飲食をしたばっかりに、セイロンが全てを担う羽目になってしまった。
ずけずけとパーソナルスペースに入り込んできた傍若無人な一匹のトラを除いて、セイロンは他者とのかかわりを極力避けてきた。
人付き合いが苦手、という訳ではないが、できれば一人で静かに過ごしていたいのだ。
(ふぅ…いけないいけない…)
燃え上がった雑念を払い、術に集中する。
「来た来たっ…掴めてきたわ…鬼面蟹の甲羅で作られた鉢金…」
魂の緩やかな奔流の中に、求める存在のおぼろげな輪郭を掴みとる。
「あれ?でも伝承ではドワーフのはず…まあいいわ、戦士団の一員なのは間違いないでしょう…」
いくら当人を指し示す遺物があろうとも、既に転生済みであれば呼び出すことはもちろんできない。
その場合、近しい人物のもとへと召喚の手はたどり着く。
「よろしくお願いいたします」
掴んだ魂を、マージンと通信機で更新した際の感覚を頼りに幽霊列車へ誘った後、再びアズランの地で瞳を開いたセイロンは、幽霊列車の走り去った虚空を見つめ、そっと呟いたのだった。
続く