ハクギンブレイブの渾身のハイキックとタイミングを合わせて、ロマンがハンマーを叩き込む。
偶然の産物ながら、挟撃する形でジャストタイミングに叩き込まれた攻撃は、しかし、さして力を込めている様子もない細腕でそれぞれ苦もなく受け止められている。
「お前らか…その歌、邪魔だ…」
近くの二人を全く意に介さず、堕ちた妖精の憎悪に満ちた視線は、依然高らかに歌を奏でるテルルとソワレの方へ向く。
「ンっ…ぬぐぐ…クソッ!…暴れるなぁッ!!…」
「な、何だぁ一体…?」
ハクギンブレイブの脚とロマンのハンマーを握りしめたまま、唐突に堕ちた妖精が苦しみだし、その身体がボコボコと泡立つが如く、内側から突き上げられる様に幾度となく膨れ上がる。
「気持ちわるっ!!」
ロマンは目の前で繰り広げられる醜悪な光景に後ずさりたくなるが、がっちり握られたハンマーがそれを許さない。
「何が起こってるんだ?」
「そうか…最悪…あいつ何てことを!」
タイミング的にテルルとソワレの歌が作用したに違いない。
その原因に、堕ちた妖精に囚われたマユミにだけ、閃く事があった。
「さっきあいつの口の中を覗いた時…たくさんの声がしたの」
「…声?」
「あいつは死者の魂をその身に取り込んでる。眠らせたり、絶望させたり、とにかく無気力な状態になった魂を、純粋なエネルギーとして己が物としているのよ!」
「それと今の状況に一体…。あっ!そうか!!」
ロマンは自らが眠りにつかされた時、夢の中に響いたテルルの歌声を思い出した。
「そう!テルルちゃんとソワレちゃんの歌声が、取り込まれた魂たちに影響を与えている!!そういう訳で、どんどん歌っちゃって!!!」
自ら舞台演出の一部が如く、デュエットを続けるテルルとソワレの周りを、光を振りまきながらマユミが舞う。
「…大人しく…眠っていろおおおっ!!!」
怒気を孕んだ叫び声とともに、堕ちた妖精の体が、フーセンドラゴンの様に膨れ上がる。
さすがに拘束が解かれ、弾かれるように距離をとるロマンとハクギンブレイブ。
その目の前で、堕ちた妖精は、変容の速度が一向に衰えず、見る見るうちにロマンの身の丈の3倍も4倍にも巨大化していく。
それに伴い、死人の如き白き肌は土気色に変色し、白目は黒く、その瞳は赤黒い輝きを増す。
オーガの女性の如き豊満で妖艶な肉体は見る影もなくなり、やがてロマンたちの目の前に現れたのは、巨大な悪夢(ギガントナイトメーア)だった。
「おおおっ、ちょっ、こんなん相手にできるかっ!!」
慌てて距離をとり、マージン達のもとへと舞い戻るロマン。
「ハクギン君も一旦下がれっ!」
「大丈夫ですっ、魔装の力があれば、やれます!くっ…!」
一人しんがりを務めたハクギンブレイブだが、軽く歩み出したギガントナイトメーアの右足に踏みつぶされぬよう支えるのに必死で、反撃や牽制どころではない。
「歌の効果はどうなった!?」
その巨大な姿に転じてから、ギガントナイトメーアに先ほどまでの苦しそうな様子は微塵も感じられない。
「多分、分厚い皮膚が音の振動を相殺して、魂にまで歌が届いていないんだわ」
振出しに戻るどころか、大きく逆戻りである。
「こういう時こそ、何とかならないか爆弾工作員!!」
「いや、あれだけの巨体をどうこうするような…いや、ちょっと待て」
ここへきて、ある違和感に気が付くマージン。
爆弾工作員たるマージンは、趣味として常日頃、種々多様なお手製ギガボンバーを持ち歩いているが、あくまでも趣味は趣味。
主たる攻撃手段として活用するギガボンバーは、クエストに応じて綿密に準備する。
今回の様に、行先や目的すら知らされずに、拉致されたような状況では、十分な用意はできていない。
水中を抜け出すために活用した機雷型ギガボンバーや、先ほど堕ちた妖精を叩き落とす為に使った時限信管式ギガボンバーなどは、持ち込んだはずがないのだ。
「やっぱり…!一体どうなってる!?」
違和感に従い、今までギガボンバーを取り出していたポシェットを開いて覗き込み、マージンは驚きの声を上げる。
そこには、何も、入っていなかったのだ。
「やだ何コレ!心霊現象!?怖い!!」
慌てふためくマージンの姿を見て、大切な事を思い出すロマン。
「そうか!よくやった!『きけんじんぶつ』!!」
マージンを通しての閃きに、口角を釣り上げニッとほほ笑むロマンであった。
続く