「…れ…僕の…」
虫の声も聴こえぬ深い夜。
不意に聞こえたルームメイトの声に、もしや起こしてしまっただろうかと、水玉模様のモコモコパジャマに身を包んだプクリポの少年、ごましおはそっと二段ベッドの方の様子をうかがった。
幸いにも、ピンと尖った耳が捉えたのは、ハクトの安らかな寝息。
夢でも見ているのだろう。
安堵して再び、ごましおはロウソクの灯りのもと、手にした書籍に目線を戻す。
『レタシックスーツせつめいしょ Ver.1.5』
と背表紙に書かれた、レタシックスーツと同じ眩いレタスカラーの分厚いマニュアル。
ごましおの為に作られたヒーロースーツの仔細が、製作の総指揮者であるミサークにより丁寧にまとめられたそれを読み始めて早半月。
未だに末尾まで辿り着けていないのは、ライティアによる修行や虎酒家でのアルバイトで時間をなかなか取れない事もさることながら、マニュアルの製作者ミサークに原因があった。
マニュアルは以下の一文からスタートする。
『レタシックスーツ開発にあたり、まず手始めの燃料補給に、グレンで買ったドライソーセージをスライスして、チーズとピーマンとともにのせ、こんがり焼いたトーストを用意した』
あくまでもこれは、原文ままである。
この調子で、事ある毎にミサークのグルメリポートが挿し込まれ、やれカミハルムイ産の和紅茶の茶葉を混ぜ込んだクッキーだの(そういえば初めて着用した際、スーツはほんのりだが高級な茶葉の香りがした)、ポポリアきのこ山で採れた特大アワビ茸のステーキだの、レタシックスーツの仕様説明が添えられたミサークのグルメリポートと化したマニュアルを読み進めるのは大変に腹が減った、ではなく骨が折れた。
今日も今日とて、ごましおはミサークと再会したら奢ってもらうリストに、ドルワームの五色の豆を煮込んだカレーを追加したのち、ようやく目当てのページを見つけた。
それは、レタシックスーツの武装に関する項目。
てっきり徒手空拳で立ち向かうものかと思っていたごましおだが、マニュアルを読み進めてみると内蔵武装の存在が明らかになったのだ。
「…え~と、なになに…」
『左の羽の背を2回タッチすると、羽が巨大化し短時間ながら空が飛べる』
「おお、凄い。あっ…」
ついつい大きな声が漏れ、慌ててお口にチャック。
『同様に、右の羽の背に2回タッチすると羽がスーツから分離してブーメランになる』
こんな夜中に試してみる訳にはいかないが、まだ見ぬスーツの機能に夢を膨らますごましお。
ライティアによる特訓も一段落。
明日はいよいよ、ライティアの見守る中、再び一角うさぎに挑む事になっている。
安らかに眠るハクトを見て柔らかに微笑むと、起こさぬよう慎重に二段ベッドの梯子を登るごましおであった。