「…ねぇ、嘘だよね?」
アジロの口から、悲鳴がポツリと漏れた。
アジロに向かい手を伸ばした姿勢で固まるロマンは、しかし何も言う事ができない。
かける言葉が、見つからない。
「ねぇ、地味って言ったこと、あやまるよ。おっちゃんって言ったこともごめんなさい!ねぇ、だから、何とか言ってよ!!」
ロマンの沈黙に堪えきれずだくだくと涙を流すアジロ。
何とか何かを伝えようと口を開けるも、ギチッと噛み合わせた歯が覗き、紡げない言葉の代わりに、砕けてしまうのではないかというほど、強く噛み締めたロマンの歯がギリッと大きく音を立てるのみ。
そして…。
「…マユミちゃん…あいつ、何言ってるの?」
ギガントナイトメーアの横暴を止められず、無力感に苛まれるマユミに、テルルはゆっくり視線を向けた。
「だって、ソワレちゃん、ここに居るじゃない…触れて、お話して、一緒に歌って…」
ギガントナイトメーアの言葉が出鱈目だという証拠を羅列する口許と裏腹に、テルルの頭は勝手に感じていた違和感をリフレインする。
ソワレは生まれてからずっと、その人生の大半を病院で過ごしてきたのだ。
慰問のミニコンサートでテルルと出逢った時にしても、ソワレの病状は、けして楽観できるものではなかった。
あの日から一年足らず。
とても完治したとは思えない。
そして何よりも。
再会を喜び抱き締めた時、ソワレの身体は、氷のように冷たかったではないか。
心よりも先に、理性が冷酷な答えを弾き出し、テルルはカクンと膝を折る。
すぐ後ろにいるソワレに向き直る事が、テルルには出来ない。
どんな顔をすれば良い?
何を伝えればよい?
思考は巡り、しかして一向にゴールに辿り着けない。
ロマンとテルルのその逡巡が、さらに致命的な隙となる。
トンッと背中に走る衝撃。
バランスを崩しよろめきながらも振り向いたテルルが見たのは、自らの死を知り、涙を流しながらも、テルルを庇ったソワレの笑顔だった。
「…!ソワレちゃ…」
目の前で、地から湧き出したタコの足のような触腕に囚われ、地面へと沈んでいくソワレ。
彼女に突き飛ばされていなければ、テルルもまた、まとめて地に飲まれる所だった。
「ふん!ぎぎぎッ…絶対手離すんじゃねぇぞ坊主!」
一方、間一髪、同様に飲まれそうになったアジロの手を掴んだロマンだったが、既にアジロの身体は地に消え、残された腕もじわじわと沈み行く。
「バッカ野郎!まだ子供のくせして余計な気遣いすんじゃねぇ!!掴め!掴めって!!」
触腕が引く力もさることながら、アジロ自身が、ロマンまでも巻き込むまいと、掌をよじる。
結果、無惨にも、アジロの魂はロマンの掌から零れ落ちた。
一連の出来事を、マユミも、ハクギンブレイブとレオナルドもまた、ただ呆然と眺めている事しか出来なかった。
「「あああああああああっッ!!!」」
人目も憚らず、ロマンとテルルの慟哭が迸る。
「アハハハッ!効果覿面だねぇ!!ごちそうさま。なぁに、気にすることは無い。あたしが用があるのは死んでる奴だけさ。あとは仮面の坊や一人だけ。………他は興味は無いって言ってんだよ!その生意気な目はなんだ!」
事情を雰囲気でしか理解できていないレオナルドすら、無力感に苛まれ項垂れる。
そんな状況の中でも、ギガントナイトメーアを一人睨み続ける冒険者が居た。
続く