しかし自由落下とも違い、何かに引っ張られるが如く、猛スピードでアズラン方向へ突き進むスワンボート。
「見えたっ!」
アズランのやぐらの上から、フツキは霊体となっているスワンボートを補足した。
フツキはいつものスタイリッシュなゴーグルではなく、随分と野暮ったい黒縁メガネを装着している。
本来目に見えぬはずのその姿を補足するため、セイロンからオカルトメガネを借り受けたのだ。
「出来るだけ勢いをそいでください!」
「了解した!コード、スペシャル!!」
フツキの魔力を込めた叫びに呼応して、ポシェットからポン、ポンと僅かなイオの炸裂音と共に蜘蛛の巣のようなネットが射出される。
通常、フツキのオリジナル、イオ系呪文によるアイテム射出システムには全てナンバーが振られているが、今回は急拵えゆえにそれはない。
ロマン一行の進行方向にあたる空中に、ネットは広がり固定される。
これもまた、フツキがセイロンからの提供を受けた、怪蟲アラグネの糸で練られた特殊なネットだった。
空中に間隔を置いて幾重にも展開されたネットが、肉体目掛けて猛スピードで突進するロマン一行に何度も纏わりつき、その勢いを削いでいく。
やがてロマン一行の魂が、およそ本体たるスワンボート並びに肉体の上に差し掛かった頃。
「良い位置です。あとは私が」
タン、と静かに地を蹴り空高く飛翔したセイロンが、手にした鎌で月を描く如く、ロマン一行の魂を一閃する。
その軌道に導かれるが如く、ロマン一行を乗せたスワンボートは直下の本体へ落着した。
「…成功した…のか?」
フツキは目覚めない皆を前に、かなりの高度から、しかし軽やかにストンと着地したセイロンに尋ねる。
「肉体を離れた時間が想定より少し長かったですから。でもご安心ください、間もなく皆、目覚めます」
セイロンの言葉を裏付けるように、すっかり青白くなっていた3人の肌はうっすらと赤みを帯び始め、安らかな吐息が漏れ始めている。
そしてマユミに関しては白目をむいて泡を吹いているが、そもそも幽体離脱していたわけではないので問題なさそうだ。
「それよりも…」
セイロンがゆっくりと視線を向け、悠然と大鎌を構えた先。
スワンボートを追いかけるように落着した女は、赤黒いもやを全身から漂わせ、その顔に憤怒を強く浮かべる。
「…おのれ…全て台無しだ…クソッ!」
列車から追い出された堕ちた妖精は、すっかり元の妖艶な女の姿に戻ってしまっている。
髪型はすっかり崩れ千地に乱れて、衣服もあちこちボロボロになり、青白い肌が覗く。
ダメージはそれだけに留まらず、ただでさえ人の目に入らぬその存在は薄れ、今にも消え去ろうとしていた。
それでもなお迸る強い殺気に、身構えるフツキ。
亡霊を相手にするのは初めてだが、幸いにもオカルトメガネにネットもある。
「フツキに、えっと、どちら様かわからないけど、ちょっと待って!彼女と話をさせて欲しいの!!」
しかし、それを遮ったのは、ロマン達と違い生身で列車に乗車していた為、いち早く意識を取り戻したマユミだった。
続く