ルシナ村の高台、ひときわ大きいその建物は、村の役場兼集会所としての役割を担っている。
その一室には、夜明け前の薄暗がりから、パチパチと小気味よく珠を弾く音が響き渡っていた。
「冒険者任せにして、良かったのでしょうか?」
ルシナ村の優秀な漁師にして、村の出納を管理するウェディ、ミュールはメガネをくいっと整えると、今回の依頼金額をそろばんで弾き帳簿に記載しながら、傍らにどかっと腰掛けている老人に問いかける。
「エスコーダ商会の交易船に被害が出てからでは遅いんじゃ。それに、かの御仁はソウラと肩を並べ冒険したとも聞く」
自身の顎を撫でさすりつつ答えたのは、ソウラの祖父にして、ルシナ村の長老オルカン。
「ソウラと…なるほど、腕前は折紙付というわけですね」
「左様、儂らの海の事を委ねるのは、確かに気が引けるがのォ…」
自分たちのことは自分たちで。
それは理想論であって、手に余る事態というのは往々にして突然襲い来るものだ。
太陰の一族による不意の襲撃の爪跡は未だ村のあちこち、皆の心にも残されている。
己の領分というものを常に慮るオルカンの判断に、それ以上異論を挟む必要も余地も、ミュールには残るはずもない。
あとはただ、依頼が無事果たされる事を、願うのみだった。
「ドルセリン・チャージ!!」
明けの空に、高らかなセ~クスィ~の叫びが響き渡る。
その光景は、傍から見れば、身投げをしたように見えたかもしれない。
「魔装、展っ開!!」
岩壁から飛び降りたセ~クスィ~は赤い閃光に包まれ、悪党どもに忌み嫌われる鮮赤のヒーロー、アカックブレイブの姿に転じる。
アカックブレイブは続けて、迫る海面へ叩きつけるようにドルボードを展開した。
激しい水柱をあげつつ乗り込んだのは、普段アカックブレイブの専用機であるドルストライカーではなく、ダイダイックブレイブの用いるドルダイバー。
任務が海上という事で、アカックブレイブに合わせ真紅に染め上げたドルダイバーの予備機を駆り、目標の海域を目指し海を割る如く直進する。
「これは、なかなか…。やはり慣れないものだな」
誰がどう見ても非の打ち所がないライディングであるのだが、アカックブレイブはダイダイックブレイブの操舵と脳内で比較し、あらためて非番の時に再訓練しておかねばと、自身に厳しい評価を下す。
「それにしても…懐かしい海だな」
ここは海底離宮に向かう道中に通った海。
当時は主に海中を進んだ為、半舷休息の僅かな時間のみではあったが、同じ潮風の香りに思い出が蘇る。
まあ、その時の仲間を詰問する為に訪れたわけであって、その点を思いあらため、郷愁はアカックブレイブの脳裏から一瞬で消え去ってはしまったが。
アカックブレイブは再びキリリと前方を見据え、ドルダイバーの限界まで速度を上げる。
兎にも角にも、闇を孕んだウェナ諸島の海に、役者は揃ったのだった。
続く