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本作品は「イカを求めて三千里」の前に起こったお話になります。「幻列車の浪漫」ののち、アズランの酒場を去るクマヤンとマユミの会話から物語がスタートします。
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「ふぅ…こんなところか」
クマヤンはランプの優しい灯りのもと、永く連れ添った酒場のカウンターテーブルを、ワックスも用いて完璧にピカピカに磨き上げた。
ウォールナットの天板が、ランプの明かりを優しく飲み込み、年季をブレンドして鈍い輝きを放つ。
「こっちもちょうど終わったわよ」
マユミも空を飛べるゆえの身軽さを活かし、店内の窓ガラスを隅々まで拭き終える。
「すまんな、我儘に付きあわせて」
「とんでもない。…でも何だかやっぱり、しんみりしちゃうわね」
「そうだな…」
結局何だかんだで魔法建築工房『OZ』に依頼する事になったグレン雪原地区の店舗ならびにマユミの邸宅が完成し、一昨日でクマヤンはこのアズランの酒場を閉じた。
既に家具や酒、保存の効くアテなどなどの搬出は完了し、すっかり伽藍の洞となった愛着ある店内を、お別れの挨拶代わりに大掃除する事を思い付いたのが今朝方。
しかしいざ始めてみると、連れて行く事の叶わない相棒を前に思い出は尽きず、マユミの手を借りてもすっかり日付を跨ぐ結果となったのは、過ごした年月を思えば必然とも言える。
「…ありがとう」
サングラスに涙を隠し、深く一礼してマユミとともに店を出るクマヤン。
扉に据えたベルがカランと最後の音色をあげる。
「あれ?何これ?」
折角の哀愁に水を挿したのは、酒場を出てすぐ目の前に鎮座する巨大な木彫りのごうけつぐまだった。
「忘れ物…か?」
ちなみにこの木彫りのごうけつぐま、過ぎし日にセ~クスィ~がティードに贈ったものなのだが、そんな事はマユミとクマヤンが知る由もない。
「…まあ、どうしようもない、か?」
「そうね。とりあえず始発まで時間もあるし…宿に戻りましょ」
日中にはグレンに発つ予定だった為、勿論ながら、酒場からはベッドも既に運び出し済みである。
念の為の仮住まいとして、アズランの宿に部屋をとっていたのは実に幸いだった。
重労働の癒しに、木の香りがピリリと効いた熱い風呂に浸かるのも悪くない。
悠々と宿へ向け歩き出した二人を、突如として轟音と爆風がその背面から突き飛ばす。
「ほんげぇっ…!!ヤダ変な声出ちゃった…って!!ちょっと!!!」
「おい…嘘だろ…」
真昼のように明るく照らし出されるアズランの町並み。
間近で起こった突風に転がった二人が振り向いて見たものは、酒場を跡形もなく吹き飛ばし、天へと立ち昇る巨大な爆炎だった。
続く