カッコイイって言われたい。
変身ヒーローになりたい。
巨大なロボットのパイロットになりたい。
それは、そんなささやかな、小さな男の子であればおよそ誰しもが一度は通り、将来、自身の黒歴史として思い出しては悶絶する事となる、ある種の通過儀礼のような感情がきっかけだった。
幸運か不運か、まわりの大人に恵まれた結果、新緑のヒーロースーツを手に入れる事になり、計らずもその夢を叶える事となったプクリポの少年、ごましお。
「いけっ!そこ!パンチだっ!!決まったっ!ヤッフー!!」
歓声をあげてガッツポーズ。
友人謹製のレタシックスーツに身を包んだごましおの、最近のマイブームは、超駆動戦隊ドルブレイブ公認の架空のヒーロー、ハクギンブレイブのヒーローショー鑑賞である。
レタシックスーツに望遠ならびに集音装置が搭載されていることを知り、もっぱらステージから離れた高台の特等席から一人、ショーを見物している。
もちろん、チケットはちゃんと購入、どころか、空席が出来てしまっている時には追加購入のお布施までしている。
ただでさえ小柄な種族プクリポでありながら、更にまだ幼いごましお、廻りが悪いと、目の前に大きなお友だちが陣取ってしまい、純粋にショーを楽しむことが出来ない事もある。
それゆえ、レタシックスーツのこの機能を知った時には大歓喜したものであった。
今日も今日とて、レタシックスーツの下には、ごましおくんへと添え書きもしてもらった家宝のハクギンブレイブサイン入りシャツを着込み、完全装備で大迫力のショーを堪能した。
さて、ショーが終わったからには、物販コーナーを訪れねばなるまい。
既にグッズは二重三重にコンプ済み、しかし新作が出ている可能性もあるし、缶入クランチチョコは3時のおやつとしてお土産品と侮れぬ逸品である。
意気揚々と出陣しようとした所で、スーツの集音装置がか細い声を捉えた。
「…かあさん…どこ…」
それは、今にも泣き出してしまいそうな子供の声だった。
当然、声の方向に舵をきると、ごましおはステージから少し離れた草むらで、泣きじゃくるウェディの男の子を見つけた。
ごましおは自分よりもさらに幼いと思しきウェディに声をかける。
「どうしたの?」
「だっ、誰!?」
驚き怖がられて初めて、自分がまだヘルメットを被ったままであった事に気が付くごましお。
「ごめんごめん。よいしょっと」
バイザーをあげて現れた柔和な顔に、子供の警戒心は解け、ポツポツと事情を話し始める。
「かあさん、何処にもいないの…うぇ…ひっく…」
「そうか~、迷子かぁ」
ごましおは声を聞いた時から、十中八九、迷子だろうとは思っていたが、本人にちゃんと確認もとれた所で、あらためてどうしたものかと思案する。
恐らくは物販コーナーへ向かう人混みの中ではぐれてしまったのだろう。
目を向けると、物販コーナーは黒山の人だかりである。
このままこの子の手を引いて母親を探しても、逆に二次遭難に至るのではあるまいか。
「…そうだ!大丈夫だから、少しじっとしててね」
ごましおは子供の後ろから抱き締めるように抱え上げると、レタシックウイングを展開して舞い上がった。
「うわぁ…!」
迷子の少年は当然ながら生まれて初めて空を飛んだわけだが、眼下に広がる光景に口から漏れたのは悲鳴でなく歓声だった。
「凄い凄い!!お兄ちゃん、ヒーローだったんだね!」
「えっ!?…う、うん、まあそうかな?ところで、君、名前は?」
「レジェだよ!」
「そっか、ありがとう。…こほん、レジェくん、レジェくんのお母さん、居ませんか~?」
深呼吸ののち、物販コーナー上空を旋回しつつ、声をあげる。
やがて必死に手をあげてレタシックブレイブのあとを追うウェディの女性が現れ、ごましおはゆるりと旋回してひらけた所にそっと着地した。
「ありがとうございます!!何とお礼を申し上げればよろしいか…」
背の低いごましおの視界からしても母親の顔が確認出来ない程に深く深くお辞儀を繰り返すウェディの女性。
「ほらレジェ、あなたもドルブレイブのお兄さんにちゃんとありがとうって言いなさい」
「えっ…!?」
空を飛ぶ特殊スーツが、まさか市井の人物のお手製とは誰も思うまい。
母親の誤解もやむを得ない所であるが、とうのごましおにとっては全くの寝耳に水である。
「うん!ドルブレイブのお兄ちゃん、ありがとう!!!」
否定する間もなく、やんややんやと人だかりができ、ごましおことレタシックブレイブの活躍を褒め称える。
「いやあの、オレは…その…ううう…じ、じゃ、これで、オレ忙しいからっ!」
慌てて再びレタシックウイングを展開すると、ごましおは逃げるようにその場をあとにしたのだった。
続く